までその他人である両親の手に育てられて来たのです。静子、己はまだ小さくてその時分は何とも思わなかったが、今から回想してみると随分涙を噛みしめるような事が多い。生まれて両親を持たない程の不幸は人生にないと己が思うのは、思うのが無理だろうか。両親の一方を欠くことは既にもうその生まれた子の運命が普通な円満なものでないことの証拠といってもよい、と己は思うのだ。己が十三の時のことだ。己のその第二の父が第二の母の肺患をうけついだものか、また肺で死んでしまったのです。随分堪らないことだ。己はそのときその父が本当の父でないことを知っていた。それでも随分悲しかった。本当の父もあのようにして忽然として死んで行ったのかなと考えたものだ。つまり無意識のうちに死んだ生みの父への追悼を嘘の父によって表示された「死」という実感に交えて悲しんだものとみえる。どういう心的経路をとったかははっきりしないが、己はその時から必然的に生き残っている嘘の母さんに内心独身を要求していた。独身でいないと、そのままにはすまさないぞ、というような恐ろしい力を何故か感じずにはいられなかった。己達は奥の室で母と自分と妹と三つ枕を並べて寝ることにしておったが、ある夜己はふとひそ/\した話し声に目を醒まされたものである。あの暗い闇の色、闇に聞ゆる囁き、ああそのとき子供心にも全身にしみて感じた怒りは今でも総身の血が沸《に》えくりかえるようだ。許さないぞ、この婬婦め! こう心で叫びつつ、己は慄える身体をじっと忍んでいたのだ。その次の日から己はまるでどんな些細な事であろうとも母の命ずることは一つとして服従しない少年となったのも無理とはいえまい。やがて、一人の男がさらに入婿して来たのだ。その時は己ももう十三だ。己の心では姦夫姦婦の恥しらずめ! という想いが絶えずあって、沈鬱な偏屈な子供らしくない子供と他所目《よそめ》には見えたに相違ない。己は十四の春、中学は嫌だ商業学校なら入るといって自分から主張した。己の家の婬《みだ》らな二人は己が裏をかいているとも知らず二言返事で悦んだものだ。己としては中学にはいれば高岡にいなくてはならないが、商業学校ならN港へ行くより外になかったから、一日も早く家を出たい欲求からそう主張した訳だった。己はそう頭脳の悪い人間ではなかったらしく、商業学校の試験にも及第して意気揚々と忌わしい家を出て、はじめて知らな
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