はどうかしら』
 と、一人が白んで行く空を見上げた。
 すつきりと晴れ渡つた空の下には、朝露を含んだ新緑が流れる様に美しかつた。
 白い布に包まれた寝棺!
 朝飯を終えた従姉妹達は又思ひ出した様に棺の前に集まり座つた。
『もう釘を打ちつけますよ。』
 奥の八畳から呼ぶ声がした。人々は泣き度い様な顔をして其の方へ走つた。和尚の長い読経の透ほる声と、折々鳴らす鉦《かね》の音とが女達のすゝり泣きの間を縫ふて悲しく打ち震ふて聞えた。
 やがて焼香も終つた頃、奥は部屋一杯に人立がして、夫々《それぞれ》黙つて棺側を取り捲いて、中へいろんなものを入れたり出したりしてゐた。新しい木の匂と線香の匂とが人々の鼻につきまとつてゐた。
 主人は落付かぬ目色をして、もう一遍棺の中を覗き込んだ。
 カーン、カーン、釘は一本打ちつかれた。
 主人は傍に居る、自分の妹と、娚《めおと》達を省みて最後の名残を惜しまうとした。
『兄さん、清さんにお別れを。』
 棺の蓋を持ち上げた妹は半ば泣声にこううながした。主人は白い布を取つてじいつと死人の顔を覗いた。
『清、さいならだ。』
 はら/\、はら/\、涙は止度もなく流れ出る。
 白い顔、高い鼻、ほつそりした眉毛!あゝ若い文士は永久に眠つてゐる!
 女達は二度、泣き出した。
 静かなざはめきの中に長い棺は表へ出された。
 生花、造花、花車、従姉の長男の九つに成る児が位牌を持ち七つに成る男の児が香入れを持つた。
 古い門、古い杉、そうしてなつかしい古い我家よ、若い文士の遺骸は棺にのせられて一歩一歩長い旅路に上つて行くではないか!
 暗い木立や、垣根の多い町を幾つも/\越してやがて行列は華やかな店の多い広路に出て居た。棺の後に従ふ主人と妹。十幾台の車がつづいて、其の内には白いハンケチを顔に当てて居る従姉妹等が居た。暑い午後の日差がきら/\ときらめいて、道行く女のパラソルの水色が燃える様に美しかつた。白いペンキの大橋があつて橋の下には黒ずんだ水が流れて居た。
 行列は白い埃に包まれていろんな町をすぎて行つた。やがて広い/\野原の見える町はずれに来て行列は其処で一寸立止つた。
 主人は遠い野原を隔てた火葬場の煙突から白い/\煙がゆるやかに立のぼつて居るのを見た時、何とも知れぬ恐ろしさを感じて、不図横手の町家を眺めた。(をはり)



底本:「石川近代文学全集4」石川近代文学館
   1996(平成8)年3月1日初版第1刷発行
底本の親本:「潮 第二巻第一号」潮会
   1914(大正3)年12月発行
初出:「潮 第二巻第一号」潮会
   1914(大正3)年12月発行
※「皈《かえ》って」の「っ」、「ステーション」の「ョ」は底本通りにしました。
※踊り字(/″\)の誤用は底本の通りとしました。
入力:岑村綱之
校正:小林繁雄
2005年10月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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