気になりました」
 満蔵の声だ。
「満蔵、今日は朝のうちに籾《もみ》を干すんだからな、すぐ庭を掃《は》いてくれろ」
 姉はもう仕事を言いつけている。満蔵はまだ顔も洗わず着物も着まいに、あれだから人からよく言われないだなどと省作は考えている。この場合に臨んではもう五分間と起きるを延ばすわけにゆかぬ。省作もそろそろ起きねばならんでなお夜具の中でもさくさしている。すぐ起きる了簡《りょうけん》ではあるが、なかなかすぐとは起きられない。肩が痛む腰が痛む、手の節足の節共にきやきやして痛い。どうもえらいくたぶれようだ。なあに起きりゃなおると、省作は自分で自分をしかるようにひとり言《ごと》いって、大いに奮発して起きようとするが起きられない。またしばらく額を枕へ当てたまま打つ伏せになってもがいている。
 全く省作は非常にくたぶれているのだ。昨日《きのう》の稲刈りでは、女たちにまでいじめられて、さんざん苦しんだためからだのきかなくなるほどくたぶれてしまった。
「百姓はやアだなあ……。ああばかばかしい、腰が痛くて起きられやしない。あアあア」
 省作はなお起きかねて家の者らの気はいに耳を澄ましている。
 満蔵
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