は庭を掃いてる様子、姉は棕梠箒《しゅろぼうき》で座敷を隅から隅まで、サッサッ音をさせて掃いている。姉は実に働きものだ。姉は何をしたってせかせかだ。座敷を歩くたって品《ひん》ぶってなど歩いてはいない。どしどし足踏みして歩く。起こされないたって寝ていられるもんでない。姉は二度起こしても省作がまだ起きないから、少しぷんとしてなお荒っぽく座敷を掃く。竈屋《かまや》の方では、下女《げじょ》が火を焚き始めた。豆殻《まめがら》をたくのでパチパチパチ盛んに音がする。鶏もいつのまか降りて羽ばたきする。コウコウ牝鶏《めんどり》が鳴く。省作もいよいよ起きねばならんかなと、思ってると、
「なんだこら省作……省作……戸をあけられてしまってもまだ寝ているか。なんだくたぶれた、若いものが仕事にくたぶれたって朝寝をしてるもんがあるかい」
 姉なんぞへの手前があるから、母はなお声はげしく言うのだ。
「そんなにお母さんはげしく起こさねたってすぐ起きますよ」
「すぐ起きますもねいもんだ。今時分までねてるもんがどこにある。困ったもんだな。そんなことでどこさ婿にいったって勤まりゃしねいや」
「また始まった。婿にいけば、婿にいった気にならあね」
「よけいな返答をこくわ」
 つけつけと小言を言わるれば口答えをするものの、省作も母の苦心を知らないほど愚かではない。省作が気ままをすれば、それだけ母は家のものたちの手前をかねて心配するのである。慈愛のこもった母の小言には、省作もずるをきめていられない。
「仕事のやり始めはだれでも一度はそういうものだよ。何が病気なもんか。仕事着になって、からだが締まれば痛みはなくなるもんだ」
 母はそういっても、どこか悪いところがあるかしらんと思ったらしく、省作の背へ回って見上げ見おろしたが、なるほど両手の肘と手くびが少し腫れてるようだけど、やっぱりくたぶれたに違いないという。
「そうかしら、なんだか知らないけど、ばかに腰が痛いや。ばかばかしいな百姓は」
「百姓がばかばかしいて、百姓の子が百姓しねいでどうするつもりかい。あの藤吉《とうきち》や五郎助《ごろすけ》を見なさい。百姓なんどつまらないって飛び出したはよいけど、あのざまを見なさい」
 省作がそりゃあんまりだ、藤吉の野郎や五郎助といっしょにするのはひどい、というのを耳にもとめずに台所の方へいってしまった。
 冷ややかな空気に触れ、つ
前へ 次へ
全25ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 左千夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング