いか》にもハッキリとした景色、吾等二人は真に画中の人である。
「マア何という好い景色でしょう」
民子もしばらく手をやめて立った。
僕はここで白状するが、この時の僕は慥《たしか》に十日以前の僕ではなかった。二人は決してこの時無邪気な友達ではなかった。いつの間にそういう心持が起って居たか、自分には少しも判らなかったが、やはり母に叱られた頃から、僕の胸の中にも小さな恋の卵が幾個《いくつ》か湧きそめて居ったに違いない。僕の精神状態がいつの間にか変化してきたは、隠すことの出来ない事実である。この日初めて民子を女として思ったのが、僕に邪念の萌芽《めざし》ありし何よりの証拠じゃ。
民子が体をくの字にかがめて、茄子をもぎつつあるその横顔を見て、今更のように民子の美しく可愛らしさに気がついた。これまでにも可愛らしいと思わぬことはなかったが、今日はしみじみとその美しさが身にしみた。しなやかに光沢《つや》のある鬢《びん》の毛につつまれた耳たぼ、豊かな頬の白く鮮かな、顎《あご》のくくしめの愛らしさ、頸《くび》のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟《はんえり》や花染の襷《たすき》や、それらが悉《ことごと》く
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