訣だ。民さんだって僕には逢いたかったろう。嫁に往ってしまっては申訣がなく思ったろうけれど、それでもいよいよの真際《まぎわ》になっては僕に逢いたかったに違いない。実に情ない事だ。考えて見れば僕もあんまり児供であった。その後市川を三回も通りながらたずねなかったは、今更残念でならぬ。僕は民子が嫁にゆこうがゆくまいが、ただ民子に逢いさえせばよいのだ。今一目逢いたかった……次から次と果てしなく思いは溢れてくる。しかし母にそういうことを言えば、今度は僕が母を殺す様なことになるかも知れない。僕は屹《きっ》と心を取り直した。
「お母さん、真《ほんと》に民子は可哀相でありました。しかし取って返らぬことをいくら悔んでも仕方がないですから、跡の事を懇《ねんごろ》にしてやる外はない。お母さんはただただ御自分の悪い様にばかりとっているけれど、お母さんとて精神《こころ》はただ民子のため政夫のためと一筋に思ってくれた事ですから、よしそれが思う様にならなかったとて、民子や私等が何とてお母さんを恨みましょう。お母さんの精神はどこまでも情心《なさけごころ》でしたものを、民子も決して恨んではいやしまい。何もかもこうなる運命
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