急いで村を通抜けようとの考えから、僕は一足先になって出掛ける。村はずれの坂の降口《おりぐち》の大きな銀杏《いちょう》の樹の根で民子のくるのを待った。ここから見おろすと少しの田圃《たんぼ》がある。色よく黄ばんだ晩稲《おくて》に露をおんで、シットリと打伏した光景は、気のせいか殊に清々《すがすが》しく、胸のすくような眺めである。民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で洗い流した赤土の上に、二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。
「民さん、もうきたかい。この天気のよいことどうです。ほんとに心持のよい朝だねイ」
「ほんとに天気がよくて嬉しいわ。このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」
 民子の美しい手で持ってると銀杏の葉も殊に綺麗に見える。二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡《ぬ》れて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯《うらが》れて、水蕎麦蓼《みずそばたで》など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える
前へ 次へ
全73ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 左千夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング