優美に眼にとまった。そうなると恐ろしいもので、物を云うにも思い切った言《こと》は云えなくなる、羞《はず》かしくなる、極りが悪くなる、皆例の卵の作用から起ることであろう。
ここ十日ほど仲垣の隔てが出来て、ロクロク話もせなかったから、これも今までならば無論そんなこと考えもせぬにきまって居るが、今日はここで何か話さねばならぬ様な気がした。僕は初め無造作に民さんと呼んだけれど、跡は無造作に詞《ことば》が継がない。おかしく喉《のど》がつまって声が出ない。民子は茄子を一つ手に持ちながら体を起して、
「政夫さん、なに……」
「何でもないけど民さんは近頃へんだからさ。僕なんかすっかり嫌いになったようだもの」
民子はさすがに女性《にょしょう》で、そういうことには僕などより遙に神経が鋭敏になっている。さも口惜《くや》しそうな顔して、つと僕の側へ寄ってきた。
「政夫さんはあんまりだわ。私がいつ政夫さんに隔てをしました……」
「何さ、この頃民さんは、すっかり変っちまって、僕なんかに用はないらしいからよ。それだって民さんに不足を云う訣ではないよ」
民子はせきこんで、
「そんな事いうはそりゃ政夫さんひどいわ、御無理だわ。この間は二人を並べて置いて、お母さんにあんなに叱られたじゃありませんか。あなたは男ですから平気でお出でだけど、私は年は多いし女ですもの、あァ云われては実に面目がないじゃありませんか。それですから、私は一生懸命になってたしなんで居るんでさ。それを政夫さん隔てるの嫌になったろうのと云うんだもの、私はほんとにつまらない……」
民子は泣き出しそうな顔つきで僕の顔をじいッと視《み》ている。僕もただ話の小口にそう云うたまでであるから、民子に泣きそうになられては、かわいそうに気の毒になって、
「僕は腹を立って言ったでは無いのに、民さんは腹を立ったの……僕はただ民さんが俄に変って、逢っても口もきかず、遊びにも来ないから、いやに淋しく悲しくなっちまったのさ。それだからこれからも時時は遊びにお出でよ。お母さんに叱られたら僕が咎《とが》を背負うから……人が何と云ったってよいじゃないか」
何というても児供だけに無茶なことをいう。無茶なことを云われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中で、ごったになって争うたけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めて終った。なお三言四
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