余地はないのであった。
 昨夜からの様子で冷遇は覚悟していても、さすが手持無沙汰な事|夥《おびただ》しい、予も此年をしてこんな経験は初めてであるから、まごつかざるを得ない訳だ。漸く細君が朝飯を運んでくれたが、お鉢という物の上に、平べったいしおぜのお膳、其に一切を乗せ来って、どうか御飯をという。細君は総《すべ》てをそこに置いたまま去って終う、一口に云えば食客の待遇である。予はまさかに怒る訳にもゆかない、食わぬということも出来かねた。
 予が食事の済んだ頃岡村はやってきた。岡村の顔を見れば、それほど憎らしい顔もして居らぬ。心あって人を疎ましくした様な風はして居らぬ。予は全く自分のひがみかとも迷う。岡村が平気な顔をして居れば、予は猶更平気な風をしていねばならぬ。こんな馬鹿げた事があるものか。
「君此靄※[#「※」は「涯−さんずい」、第3水準1−14−82、86−15]は一寸えいなア」
「ウン親父が五六日前に買ったのだ、何でも得意がっていたよ」
「未だ拝見しないものがあったら、君二三点見せ給えな」
「ウンあんまり振るったのもないけれど二つ三つ見せよか」
 岡村は立つ。予は一刻も早く此《ここ》に
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