で云うてよこしながら、親父さんだって去年はあんなに親切らしく云いながら、百里遠来の友じゃないか。厄介というても一夜か二夜の宿泊に過ぎんのだ。どうも解らんな。それにしても家の人達はどうしたんだろう。親父さん、お母さん、それからお繁《しげ》さん、もう寝たのかしら。お繁さんはきっと家に居ないに違いない。お繁さんが居れば、まさかこんなにおれに厭な思いはさせまい。そうだきっとお繁さんが居ないに違いない。
予は洋燈を相手に、八畳の座敷に一人つくねんとしてまとまった考えがあるでもなく、淋しいような、気苦しいような、又|口惜《くや》しいような心持に気が沈む。馬鹿々々しく頭が腐抜けになったように、吾れ知らず「こんな所へくることよせばよかったなア」と又|独言《ひとりご》ちた。そんな事で、却《かえっ》て岡村はどうしたろうとも思わないでいる所へ、蚊帳《かや》の釣手の鐶《かん》をちゃりちゃり音をさせ、岡村は細君を先きにして夜の物を運んで来た。予は身を起して之《これ》を戸口に迎え、
「夜更にとんだ御厄介ですなア。君一向蚊は居らん様じゃないか。東京から見るとここは余程涼しいなア」
「ウン今夜は少し涼しい。これでも
前へ
次へ
全24ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 左千夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング