光り鈍く薄暗い停車場に一人残った予は、暫《しばら》く茫然たらざるを得なかった。どこから出たかと思う様に、一人の車屋がいつの間にか予の前にきている。
「旦那さんどちらで御座います。お安く参りましょう、どうかお乗りなして」という。力のない細い声で、如何《いか》にも淋しい風をした車屋である。予はいやな気持がしたので、耳も貸さずに待合室へ廻った。明日帰る時の用意に発車時間を見て置くのと、直江津なる友人へ急用の端書《はがき》を出すためである。
 キロキロと笛が鳴る。ピューと汽笛が応じて、車は闇中に動き出した。音ばかり長い響きを曳《ひ》いて、汽車は長岡方面へ夜のそくえに馳《は》せ走った。
 予は此《こ》の停車場へ降りたは、今夜で三回であるが、こう真暗では殆んど東西の見当も判らない。僅《わず》かな所だが、仕方がないから車に乗ろうと決心して、帰りかけた車屋を急に呼留める。風が強く吹き出し雨を含んだ空模様は、今にも降りそうである。提灯《ちょうちん》を車の上に差出して、予を載せようとする車屋を見ると、如何にも元気のない顔をして居る。下ふくれの青白い顔、年は二十五六か、健康なものとはどうしても見えない。予は
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