思ふのは彼れの母許りではなく、父の目にもさう見えた。
 午後は奈々子が一晝寢してからであつた、雪子もお兒も鞦韆に飽き、寢覺めた奈々子を連れて、表の方に居る樣子であつたが、格子戸をからり明けて駈け上りざまに三兒は吾勝ちと父に何か告げんとするのである。
『お父さん金魚が死んだよ、水鉢の金魚が。
『おんちやん金魚がへんだ。金魚がへんだよおんちやん。
『へんだ、おつちやんへんだ。
 奈々子は父の手を取つて頻りに來て見よとの意を示すのである。父は只氣が弱い、口で求めず手で引立てる奈々子の要求に少しも逆ふことは出來ない。父は引かるゝまゝに三兒の後から表にある水鉢の金魚を見に往つた。五六匹死んだ金魚は外に取捨てられ、殘つた金魚はなまこの水鉢の中にくる/\輪をかいて廻つて居た、水は青黒く濁つてる。自分は早速新しい水をバケツに二はい汲み入れてやつた。奈々子は水鉢の縁に小さな手を掛け、
『きんごおつちやんきんご、おつちやんきんご。
『もう金魚へにやしないねいねいおんちやん、へにやしないねい。
 三兒は一時金魚の死んだのに驚いたらしかつた。父は更に金魚を買ひ足してやることを約束して座に返つた。三人は猶頻りに
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