を覺した。起つて窓外を見れば、濁水を一ぱいに湛へた、我家の周圍の一廓に、ほの/″\と夜は明けて居つた。忘れられて取殘された※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66、212−14]は、主なき水漬屋に、常に變らぬ長閑な聲を長く引いて時を告ぐるのであつた。

      三

 一時の急を免れた避難は、人も家畜も一夜の宿りが漸くの事であつた。自分は知人某氏を兩國に訪うて第二の避難を謀つた。侠氣と同情に富める某氏は全力を盡して奔走して呉れた。家族は悉く自分の二階へ引取つてくれ、牛は回向院の庭に置くことを諾された。天候情なく此の日又雨となつた。舟で高架鐵道の土堤へ漕ぎつけ、高架線の橋上を兩國に出ようといふのである。我に等しき避難者は、男女老幼、雨具も無きが多く、陸續として、約二十町の間を引きゝりなしに渡り行くのである。十八を頭に赤子の守兒を合して九人の子供を引連れた一族も其内の一|群《むれ》であつた。大人は勿論大きい子供等はそれ/\持物がある。五ツになるのと七ツになる幼きものどもが、我儘も云はず、泣きもせず、覺束ない素足を運びつゝ泣くやうな雨の中を兎も角も長い/\高架の橋を渡つたあはれさ、兩親の
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