しながら牛の後足に水がついてる眼前の事実は、もはや何を考えてる余地を与えない。自分はそれに促されて、明日の事は明日になってからとして、ともかくも今夜一夜を凌《しの》ぐ画策を定めた。
自分は猛雨を冒して材木屋に走った。同業者の幾人が同じ目的をもって多くの材料を求め走ったと聞いて、自分は更に恐怖心を高めた。
五寸|角《かく》の土台数十丁一寸|厚《あつ》みの松板《まついた》数十枚は時を移さず、牛舎に運ばれた。もちろん大工を呼ぶ暇は無い。三人の男共を指揮して、数時間豪雨の音も忘れるまで活動した結果、牛舎には床上《ゆかうえ》更に五寸の仮床《かりゆか》を造り得た。かくて二十頭の牛は水上五寸の架床《かしょう》上に争うて安臥《あんが》するのであった。燃材《ねんざい》の始末、飼料品の片づけ、為すべき仕事は無際限にあった。
人間に対する用意は、まず畳を上げて、襖《ふすま》障子《しょうじ》諸財一切《しょざいいっさい》の始末を、先年《せんねん》大水《おおみず》の標準によって、処理し終った。並《なみ》の席より尺余《しゃくよ》床《ゆか》を高くして置いた一室と離屋《はなれ》の茶室の一間とに、家族十人の者は二分
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