いにせよ、余儀なき事の勢いに迫ったにせよ、あまりに蛮性の露出である。こんな事が奮闘であるならば、奮闘の価は卑しいといわねばならぬ。しかし心を卑しくするのと、体を卑しくするのと、いずれが卑しいかといえば、心を卑しくするの最も卑しむべきはいうまでも無いことである。そう思うて見ればわが今夜の醜態は、ただ体を卑しくしたのみで、心を卑しくしたとはいえないのであろうか。しかし、心を卑しくしないにせよ、体を卑しくしたその事の恥ずベきは少しも減ずる訳ではないのだ。
 先着の伴牛《ともうし》はしきりに友を呼んで鳴いている。わが引いている牛もそれに応じて一声高く鳴いた。自分は夢から覚《さ》めた心地《ここち》になって、覚えず手に持った鼻綱を引詰《ひきつ》めた。

       四

 水は一日に一寸か二寸しか減じない。五、六日経っても七寸とは減じていない。水に漬《つか》った一切《いっさい》の物いまだに手の着けようがない。その後も幾度《いくたび》か雨が降った。乳牛は露天《ろてん》に立って雨たたきにされている。同業者の消息もようやく判って来た。亀戸の某《なにがし》は十六頭殺した。太平《たいへい》町の某は十四頭を
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