。それならそうと早くいってくれればよいのだ。そうして何時頃来るかといえば、それは判らぬという。そのじつ判っているのである。配下の一員は親切に一時間と経ない内に来るからと注意してくれた。
 かれこれ空しく時間を送った為に、日の暮れない内に二回牽くつもりであったのが、一回牽き出さない内に暮れかかってしまった。
 なれない人たちには、荒れないような牛を見計《みはか》らって引かせることにして、自分は先頭《せんとう》に大きい赤白斑《あかしろぶち》の牝牛《めうし》を引出した。十人の人が引続いて後から来るというような事にはゆかない。自分は続く人の無いにかかわらず、まっすぐに停車場へ降りる。全く日は暮れて僅かに水面の白いのが見えるばかりである。鉄橋の下は意外に深く、ほとんど胸につく深さで、奔流しぶきを飛ばし、少しの間流れに遡《さかのぼ》って進めば、牛はあわて狂うて先に出ようとする。自分は胸きりの水中容易に進めないから、しぶきを全身に浴びつつ水に咽《む》せて顔を正面《まとも》に向けて進むことはできない。ようやく埒《らち》外に出れば、それからは流れに従って行くのであるが、先の日に石や土俵を積んで防禦した、
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