の顔はどうするつもりだ。勝手にしろ、おッ母さん、とんだお邪魔をしました」
薊は身を飜《ひるがえ》して降り口へ出る、母はあとからすがりつく、お千代も泣きつく。おとよは隣座敷にすすり泣きしている。薊はちょっと中戻《ちゅうもど》りしたが、
「帰りがけに今一言いっておく。親類も糞《くそ》もあるもんか、懇意も糸瓜《へちま》もねいや、えい加減に勝手をいえ、今日限りだ、もうこんな家なんぞへ来るもんか」
薊は手荒く抑《おさ》える人を押《お》し退《の》けて降りかける。
「薊さんそれでは困る、どうかまあ怒《おこ》らないでください。とよが事はとにかく、どうぞ心持ちを直して帰ってください」
お千代はただしがみついて離さない。薊はようやく再び座に返った、老人は薊を見上げて、
「ばかに怒ったな」
「おらも喧嘩《けんか》に来たんじゃねいから、帰られるようにして帰せ」
薊の狂言はすこぶるうまかった、とうとう話はきまった。おとよは省作のために二年の間待ってる、二年たって省作が家を持てなければ、その時はおとよはもう父の心のままになる、決して我意をいわない、と父の書いた書付《かきつけ》へ、おとよは爪印《つめいん》を押して、再び酒の飲み直しとなった。俄《にわ》かに家内の様子が変る、祭りと正月が一度に来たようであった。
十三
薊《あざみ》が一切を呑《の》み込んで話は無造作にまとまる。二人《ふたり》を結婚さしておいて、省作を東京へやってもよいが、どうせ一緒にいないのだから、清六の前も遠慮して、家を持ってから東京で祝儀《しゅうぎ》をやるがよかろうということになる。佐介《さすけ》も一夜省作の家を訪《と》うて、そのいさくさなしの気質を丸出しにして、省作の兄と二人で二升の酒を尽くし、おはまを相手に踊りまでおどった。兄は佐介の元気を愛して大いに話し口が合う。
「あなたのおとッつさんが、いくらやかましくいっても、二人を分けることはできないさ。いよいよ聞かなけりゃ、おとよさんを盗んじまうまでだ。大きな人間ばかりは騙《かた》り取っても盗み取っても罪にならないからなあ」
「や、親父《おやじ》もちょっと片意地の弦がはずれちまえばあとはやっぱりいさくさなしさ。なんでもこんごろはおかしいほどおとよと話がもてるちこったハヽヽヽヽ」
佐介がハヽヽヽヽと笑う声は、耳の底に響くように聞える。省作は夜の十二時頃酔った佐介を成東《なるとう》へ送りとどけた。
省作は出立前十日ばかり大抵土屋の家に泊まった。おとよの父も一度省作に逢《あ》ってからは、大の省作好きになる。無論おとよも可愛《かわ》ゆくてならなくなった。あんまり変りようが烈《はげ》しいので家のものに笑われてるくらいだ。
* *
* *
省作は田植え前|蚕《かいこ》の盛りという故郷の夏をあとにして成東から汽車に乗る。土屋の方からは、おとよの父とおとよとが来る。小手の方からは省作の母が孫二人をつれ、おはまも風呂敷包《ふろしきづつ》みを持って送ってきた。おとよはもちろん千葉まで同行して送るつもりであったが、汽車が動き出すと、おはまはかねて切符を買っていたとみえしゃにむに乗り込んでしまった。
汽車が日向《ひゅうが》駅を過ぎて、八街《やちまた》に着かんとする頃から、おはまは泣き出し、自分でも自分が抑《おさ》えられないさまに、あたり憚《はばか》らず泣くのである。これには省作もおとよもほとんど手に余してしまった。なぜそんなに泣くかといってみても、もとより答えられる次第のものではない。もっともおはまは、出立という前の夜に、省作の居間にはいってきて、一心こめた面持《おもも》ちに、
「省さんが東京へ行くならぜひわたしも一緒に東京へ連れていってください」
というのであった、省作は無造作に、
「ウムおれが身上《しんしょう》持つまで待て、身上持てばきっと連れていってやる」
おはまはそのまま引き下がったけれど、どうもその時も泣いたようであった。おはまのそぶりについて省作もいくらか、気づいておったのだけれど、どうもしようのない事であるから、おとよにも話さず、そのままにしていたのだが、いよいよという今日になってこの悲劇を演じてしまった。
「あんまり人さまの前が悪いから、おはまさんどうぞ少し静かにしてください」
強くおとよにいわれて、おはまは両手の袖《そで》を口に当てて強《し》いて声を出すまいとする。抑《おさ》えても抑え切れぬ悲痛の泣き音は、かすかなだけかえって悲しみが深い。省作はその不束《ふつつか》を咎《とが》むる思いより、不愍《ふびん》に思う心の方が強い。おとよの心には多少の疑念があるだけ、直ちにおはまに同情はしないものの、真に悲しいおはまの泣き音に動かされずにはいられない。仕方がないから、佐倉《さくら》へ降りる。
奥深い旅宿の一室を借りて三人は次ぎの発車まで休息することにした。おはまは二人の前にひれふしてひたすらに詫《わ》びる。
「わたしはこんなことをするつもりではなかったのであります、思わず識《し》らずこんな不束《ふつつか》なまねをして、まことに申しわけがありません。おとよさんどうぞ気を悪くしないでください」
というのである、おはまは十三の春から省作の家にいて、足掛け四年間のなじみ、朝夕隔てなく無邪気に暮して来たのである。おはまは及ばぬ事と思いつつも、いつとなし自分でも判《わか》らぬまに、省作を思うようになった。しかしながら自分の姉ともかしずくおとよという人のある省作に対し、決してとりとめた考えがあったわけではない。ただ急に別れるが悲しさに、われ識《し》らずこの不束を演じたのだ。
もとから気の優しい省作は、おはまの心根を察してやれば不愍で不愍で堪《たま》らない。さりとておとよにあられもない疑いをかけられるも苦しいから、
「おとよさん決して疑ってくれな、おはまには神かけて罪はないです。こんなつまらん事をしてくれたものの、なんだか私はかわいそうでならない。私のいないあとでも決して気を悪くせず、おはまにはこれまでのとおり目をかけてやってください」
おとよはもうおはまを抱いて泣いてる。わが玉の緒の断えんばかり悲しい時に命の杖《つえ》とすがった事のあるおはまである。ほかの事ならばわが身の一部をさいても慰めてやらねばならないおはまだ。
おはまの悲しみのゆえんを知ったおとよの悲しみは小説書くものの筆にも書いてみようがない。
三人は再び汽車に乗る、省作は何かおはまにやりたいと思いついた。
「おとよさん、私は何かはまにやりたいが、何がよかろう」
「そうですねい……そうそう時計をおやんなさい」
「なるほど私は東京へゆけば時計はいらない、これは小形だから女の持つにもえい」
駅夫が千葉千葉と呼ぶ。二人は今さらにうろたえる。省作はきっとなって、
「二人はここで降りるんだ」
底本:「野菊の墓」集英社文庫、集英社
1991(平成3)年6月25日第1刷
2007(平成19)年3月25日第4刷
初出:「ホトトギス」
1908(明治41)年4月号
入力:林 幸雄
校正:川山隆
ファイル作成:
2008年10月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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