と一時に胸に湧《わ》き返った。
 さりとて怒ってばかりもおられず、憎んでばかりもおられず、いまいましく片意地に疳張《かんば》った中にも娘を愛する念も交《まじ》って、賢いようでも年が若いから一筋に思いこんで迷ってるものと思えば不愍《ふびん》でもあるから、それを思い返させるのが親の役目との考えもないではない。
 夕飯過ぎた奥座敷には、両親と佐介と三人|火鉢《ひばち》を擁していても話にはずみがない。
「困ったあまっ子ができてしまった」
 天井を見て嘆息するのは父だ。
「おとよはおとッつさんの気に入りっ子だから、おとッつさんの言うことなら聞きそうなものだがな」
「お前こんな話の中でそんなこと言うもんじゃねいよ」
「とよは一体おれの言うことに逆らったことはないのに、それにこの上ないえい嫁の口だと思うのに、あんなふうだから、そりゃ省作の関係からきてるに違いない。お前女親でいながら、少しも気がつかんということがあるもんか」
「だってお前さん、省作が深田を出たといってからまだ一月ぐらいにしかならないでしょう。それですからまさかその間にそんな事があろうとは思いませんから」
「おッ母《か》さん、人の噂《う
前へ 次へ
全87ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 左千夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング