いやにあてこすりばかり言って、つまらん事にも目口《めくち》を立てて小言《こごと》を言うんです。近頃はあいつまでが時々いやなそぶりをするんです。わたしもう癪《しゃく》に障《さわ》っちゃったから」
「困ったなあ、だれが一番悪くあたるかい。おつねも何とか言うのかい」
「女親です、女親がそりゃひどいことを言うんです。つねのやつは何とも口には言わないけれど、この頃失敬なふうをすることがあるんです。おッ母さん、わたしもう何がなんでもいやだ」
「おッ母さんもね、内々《ないない》心配していただよ。ひどいことを言うって、どんなこと言うのかい。それで男親は悪い顔もしないかい」
「どんなことって、ばかばかしいこってす。おとっさんの方は別に悪くもしないです」
「ウムそれではひどいこっちはおとよさんの事かい、ウム」
「はあ」
「ほんとに困った人だよ。実はお前がよくないんだ。それでは全く知れっちまたんだな。おッ母さんはそればかり心配でなんなかっただ。どうせいつか知れずにはいないけど、少しなずんでから知れてくれればどうにか治まりがつくべいと思ってたに、今知れてみると向うで厭気《いやけ》がさすのも無理はない」
母はこういってしばらく口を閉じ、深く考えつつ溜息《ためいき》をつく。暢気《のんき》そうに、笑い顔している省作をつくづくと視《み》つめて、老いの眼に心痛の色が溢《あふ》れるのである。やがてまた思いに堪《た》えないふうに、
「お前はそんな暢気な顔をしていて、この年寄の心配を知らないのか」
そういわれて省作は俄《にわ》かに居ずまいを直した。そうして、
「おッ母さん、わたしだってそんなに暢気でいやしませんよ。年寄にそう心配さしちゃすまないですが、実はおッ母さん、あの家はむこうで置いてくれてもわたしの方でいやなんです。なんのかんの言ったって、わたしがいる気で少し気をつければ、わけはないですけど、なんだか知らんが、わたしの方で厭《いや》になっちまったんでさ。それだからおッ母さん心配しないでください」
これは省作の今の心の事実であるが、省作の考えでは、こういったら母の心配をいくらかなだめられると思うたのである。ところがそう聞いて母の顔はいよいよむずかしくなった。老いの眼はもう涙に潤《うるお》ってる。母はずっと省作にすり寄って、
「省作、そりゃおまえほんとかい。それではお前、あんまり我儘《わがまま》と
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