に自分に摺寄った。お松の母も頻りに「こんな汚ない家だけれど決して寒い思いはさせないから」と母に言ってる。母は自分の顔をのぞいて「泊れるかい」と云う。
「ねえやのとこへ泊れる」
 自分がそういうと「さア極《きま》った」と云ってお松は喜んだ。そうしてお松は自分の膝の上へ抱上げて終った。
「おまえ泊れるかい」
 母は猶念を押して「おまえが泊ると極ればお母さんは出かける、えいだっペねい」と云った。
「お母さんは行ってもえい」
 自分がそういうと、母はいろいろ頼むと云う様な事を云って立ちかける。する処へ赤い顔の背の高い五十|許《ばか》りの爺が庭から、さげた手を振りつつ這入って来た。何かよく解らなかったけれど、今夜是非お松を頼みたいと云うような事を、勝手にしゃべって出て行った。お松が家の本家のあるじだという事であった。
「困ったなア困ったなア」
 お松はくりかえしくりかえし云って溜息《ためいき》をついた。結局よんどころないと云う事で、自分は母と一緒に出掛けることになった。お松は「仕様がないねえ坊さん」と云って涙ぐんだ。「又寄ってください」と云うのもはっきりとは云えなかった。そうして自分を村境までお
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