ふうじゅ》があるらしい。木《こ》ずえの部分だけまっかに赤く見える。黄色い雲の一端に紅《くれない》をそそいだようである。
松はとうていこの世のものではない。万葉集《まんようしゅう》に玉松《たままつ》という形容語があるが、真に玉松である。幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚《さんご》を見るようだ。珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青《ろくしょう》をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予のために、楓樹にはいのぼって上端《じょうたん》にある色よい枝を折ってくれた。手にとれば手を染めそうな色である。
湖《みずうみ》も山もしっとりとしずかに日が暮れて、うす青い夕炊きの煙が横雲のようにただようている。舟津の磯《いそ》の黒い大石の下へ予の舟は帰りついた。老爺も紅葉の枝を持って予とともにあがってくる。意中《いちゅう》の美人はねんごろに予を戸口にむかえて予の手のものを受けとる。見かけによらず如才《じょさい》ない老爺は紅葉を娘の前へだし、これごろうじろ、この紅葉の美しさ、お客さまがぜひお嬢さんへのおみやげにって、大《おお》首おって折ったのぞ
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