おもしろいよ」
「そいからあなた、十里四方もあった甲斐の海が原になっていました。それで富士川もできました。それから富士山のまわりところどころへ湖水がのこりました。お富士さまのあれで出口がふさがったもんだから、むかしの甲斐の海の水がのこったのでござります。ここの湖水はみんな、はいる水はあってもでる口はないのでござります。だからこの水は大むかしからの水で甲斐の海のままに変わらない水でござります。先生さまにこんなうそっこばなしを申しあげてすみませんが……」
「どうして、ほんとにおもしろかったよ。それがほんとの話だよ」
 老爺はまじめにかえって、
「もう鵜島がめえてきました。松が青くめいましょう。ごろうじろ、弁天《べんてん》さまのお屋根がすこしめいます。どうも霧が深うなってめいりました」
 高さ四、五|丈《じょう》も、周囲二町もあろうと見える瓠《ひさご》なりな小島の北岸へ舟をつけた。瓠の頭は東にむいている。そのでっぱなに巨大な松が七、八本、あるいは立ち、あるいは這うている。もちろん千年の色を誇っているのである。ほかはことごとく雑木《ぞうき》でいっせいに黄葉しているが、上のほう高いところに楓樹《
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