りますで、たいていだいじょうぶでござりましょう。ヘイ、わしこの辺《へん》のことよう心得てますが、耳が遠うござりますので、じゅうぶんご案内ができないが残念でござります、ヘイ」
「鵜島へは何里あるかい」
「ヘイ、この海がはば一里、長さ三里でござります。そのちょうどまんなかに島があります。舟津から一里あまりでござります」
人里を離れてキィーキィーの櫓声《ろせい》がひときわ耳にたつ。舟津の森もぼうっと霧につつまれてしまった。忠実な老爺は予の身ぶりに注意しているとみえ、予が口を動かすと、すぐに推測をたくましくして案内をいうのである。おかしくもあるがすこぶる可憐に思われた。予がうしろをさすと、
「ヘイあの奥が河口でございます。つまらないところで、ヘイ。晴れてればよう見えますがヘイ」
舟のゆくはるかのさき湖水の北側に二、三軒の家が見えてきた。霧がほとんど山のすそまでおりてきて、わずかにつつみのこした渚《なぎさ》に、ほのかに人里があるのである。やがて霧がおおいかくしそうなようすだ。予は高い声で、
「あそこはなんという所かい」
「ヘイ、あっこはお石《いし》でござります。あれでもよっぽどな一村でござり
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