る筈だ。それでなくては大太平洋もこの蒼古な美しい國土もわれわれに與へられてはゐない筈だ。
 千九百二十二年夏
[#地から1字上げ]佐藤惣之助

  青艶

四月の朝燒けにすき透り眼を染めて
竹の林をあるくわかわかしい靜かなはなやかさ
うす紫の影を吹きわけいづる八重葎と春百合の
やはらかに風のわたる清らかな心地を
雨あがりの黄金のかがやきに照りみだされ
ぬれたる羽をふるひ眼の光りを洗ひ
いのちの滿々たる曙のほのほをかんじつつ
又は遠くあでやかなる人の眼ざめを思ひつつ
ほのかなる霧に浸されながら谿道を下る。

  色と影

僕はこの四月の村村の谿と濕地をつくる
いきいきしたものの色と影との反射を
洗ひたての肉體いつぱいの楯をもつて彩らう
うつくしい力とほのほとの自然の竈《かまど》から
ふきぬけいづる情感と愛戀との
きよき爽かさにみちわたるこの名づけやうのない深いもの陰を
霧のやうなあたらしい水の智慧をもつて
あるひは夜の青みがもてる匂ひと隈をもつて
僕の中に滴るいのちの思ひの深い濕りとしよう。

  祕書役

僕には名目も何にもない自然の祕書役の椅子を與へてくれ
僕はその椅子を殊に名もなき
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