びく雜木の濤を
ほんのりと吹きとほらせる風のいろは
午前の黄金とあたらしい影をはつきりとはなち
花もつ梢の片面をうすもも色に照らして
青みゆく影の動き多き西邊の丘の方へと
そのいきながらの羽とほのほをなびかせ
ひそかにちる花片と青い昆蟲の空中へ
あざやかなる寂莫の色をあふりいで
やさしきものの熱情をより明らかに
發散する露と雫の日を映し
杉の匂ひのしみる、よりよき鐘の音のする陰へ
あかい鳥の巣や雲を焚く青空をあたへ
熱い豐滿な正午の明暗をふりしきらせつ。
この非情なる寂寥こそ
村の高みへ思ひもえつつ歩み出ながら
あたりの大氣と景觀にみつしりとうちしめり
曇り來れる四月の色と影をいつぱいにして
はるかな村村の山から來る風と寂寥とに
思ふさまただひとり吹かれぬく事は
目に見える感じをとらへる以上に強い
このあたりから吹き起る名もない寂寥こそ
西風がもてる地球のかすかな薫りであり
又われわれの思ひと官能を洗ひきよめる
生の極彩色の空中からの
神神しい情熱のもつとも深い幽麗な影と
かるい愛情にぬれて村村へくる
水よりも直接でうつくしい生の瀧である
われわれはこの力と清きつめたさのために
われわれの惱みと切ない腐りを裁《き》りさり
雨で洗つた枝枝のやうに勢ひをもりかへし
又われわれの生む事の出來ない自然の健康慾を
しばらくでも身に飾り波うたせ
時間が畫く未來の美しい一角へすすみ入り
一歩一歩生の色どりを深め得るにちがひない。
薄暮
いろやかに、にほやかに、ものの濕りと匂ひを
ひろがりゆく影のインク色にひたして
人はしづかに深みにかへる情熱を
大きい眼をもつてあたりいちめんに發射する
庭のむらさきなす紫荊の枝枝に
ひときは村のはてなる黒い檜の影へ
あきらかなりし空中のほむらを塗り
うすうすとにじみ來る透明なる「時」をかかげ
竹のあたりへおちる小さい響きを感じながら
もつとも色のない小さいオキザリスの花を
そのまつ毛のまつ先に捉へようとして
彼は音もなく煙のやうにひとり椅子から立ちあがる。
魔法使
僕はみる
この大きいつやつやした朝紅《あさやけ》のなかの
色どりふかいものの重たさかるやかさの上に
又はいきいきしたる美しい熱のむらがりと
匂やかな明るい日のあらはれのうちに
闇からでてすつかり洗ひ清められたばかりの花のほのほから
青青として枝枝等のかげを
すき透らんばかりにあちこちと隱れてゆく
大きい春といふ神話の魔法使の影を。
過ぎし日
うつくしかつた情熱の煙ともわかれ
もつともわびしい田舍へやつて來たものにとつて
四月のうすい春蘭やまつ白な木の花の
ざわざわとして吹きすさぶ色にふれるとき
さらにさらにあざやかな淋しさが
夕暮の匂ひとともにしんめりと身にながれる
いかなれば今さらに自然界の春の
こんなにもすがすがしくはれやかなるぞ
その眼その身にも似る事なく
日日に遠のく美しいいろいろの思ひを
いきいきととびちらしてしまつて。
二重の惑はし
ひそやかに色の濃い四月の夕ぐれの
どこともなくうすけむりにつつまれた地球のうつくしさ
もうろうと立ちどまつて獨り眺めてゐると
眼に見ゆるものすべてが情熱に映り映え
憂はしくもものによりそひて
しめやかなる粧ひをつくした女のやうに
あやしげに燃ゆるふしぎな姿もかんじられ
その奧の方にかくれてゆくほんのりした夕映を
うつとりしながら戀ひしたふ。
匂ひと響き
藪とすももの花のあらしのなかから
いひ知れぬうすい感じと影がとびちり
曇つてゐる村村と僕をあをあをと塗りつけ
ごくひそやかな響きをつたへては見えなくなる
僕はそのうしろと前と色のよい空間へ
自分の持つてゐる曇りも闇をもとばしてしまひ
眞晝のうすい月の色香をかんじ
雜木のむれを吹き透す生氣にふれ
何のあてもなくほんのりと自分を失くしてしまふ
僕はその色とも水ともつかない薫りを愛し
このうつくしい響きのなかから
生の幽麗なる姿に似たものをかんじはじめる
おぼろげなるそこら中の色と形とに
ふしぎな情愛の日のふくらみをふらせ
無名の生氣の大きい蒸氣に
いつともなく沈みながら。
[#地から1字上げ](武州折本村にて)
四月の影
四月の霽《は》れたる午前のそよかぜは
村村のひそやかなる青紫の影を吹き
滴るばかりに細かな花の盛りを
ひかりと熱とのあきらかな炎に染めなし
もの皆うつとりとしめりのある影をたのしみ
かろき枝枝は大氣の匂ひを拂ひては地に塗る
かかるもの影を歩めるものこそ
いともやさしき靜かさにみたされ
はれやかなる雫のごとく玲瓏として
おのが心のうちに祕められたる
もつとも小さき、もつとも無心なる
新らしき情怨を花火のごとく身に焚いて
そのひそやかなる朝を尊ぶであらう。
めぐりあひ
ふかい年月のあ
前へ
次へ
全9ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 惣之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング