ゐてどことなくむなしい熱氣が
ぽつぽと空中にもえるとも感じらるる
田舍娘よ、ここへ來て寢ころぶといい
うすい孔雀いろに曇つた午まへは
うつくしい怠惰な色もわるくはない
眉をさつぱり落したやうな
この晝顏の淡々たる砂原では。
幽棲
風致に乏しい畑のほとりの
さらさらなびける眞夏の柳は
晴れ曇り、色もあかるくこつくりと垂れてゐる
その中に午後の雀はかくれ、鳴きしきり
又はたはたととびさりて、風の音さやかに聞え
ひようひようと海近き空氣の鳴るばかり
雀よ、色も乏しく、もの寂びて
この七月の滿月近き晝すぎの白い月に
ちしやちしやと何を騷いでゐる
ゆるる柳の枝と葉の中には
われわれの目につかぬ無爲の幽居が
ちらちらと日光を通して空中にながれてゐるぞ。
信仰への感覺
さらりとしたる新樹の枝枝に
うすももいろの五時の日が色づく
くたびれて、さてあらゆる興味も去り
昆蟲も滿足し、われわれも妙に淋しい時ではないか
少年よ、麥酒を買ひに走つておいで
こんなにも華やかにして寂寞たる
無人の林のつらなり、舂く日の照りかへし
私は空氣の色にやけ、日に乾いて
もう村を歩き廻る氣も起らぬ
かういふ時に、ああ古い鐘の音よ
私にかすかな、かすかな
大昔のやうな信仰への感覺が
うすうすと目ざめて來たならば
どんなに今の私は美しからうに。
美しき冷感
障子をからからと開け放ち
さて水無月の灯を膝のほとりに引きよせて
宵の色こめたる野の面にふれよ
走る灯のはてはもうろうたる水となり
しつとりと藍いろの闇は獨座の裾をめぐる
あたらしき家の香を喜べ、私よ
傾けるオリオン星は肩のほとりに火花を與へ
ほのぼのもゆる庭のヂキタリスの影をはしる
おおこのひろびろとして、身にしみわたる
うつくしき我が宵の冷感!
農婦について
眞夏の帆のまへに
頬には朝紅《あさやけ》、額には夕映をまきつけてゐる女達!
そしてゆつたりと歩み、麥をあふり
黒い眼には輪が廻つてゐる夜の焔たち!
車前草の傲り
荒れはてたる砂原をあるく者は
寂寥たる言葉を、或は夕映色の眼鏡を
何等の魅力をももたぬ車前草にさへふりそそぐ
活然として傲れる車前草!
青い小さな鰐か紐のやうな若い花の髯
または花を彗星のやうにつけた老いたる花
くるくると空中に遊ぶ葉のむらがりに
快樂をそそぎ、風吹く午後の鬱血をそそぎ
一個の味氣なき驚異を發見したと叫ぶ。
儀式
村へくると僕は肩の圭角をといて
足を歩くにまかして何の制限も加へず
眼のかがやくままに、血のあたたまるままに
正直に自分を風のなか日のなかに
ときほごし、ときほごし
大きい呼吸とのろい運動とにつれて
この地球への尊敬と愛情をそこら中へ
ゆつたりとしてふりまいて歩く
棕櫚の花
空中から
青い扇をかさね、かさねて
棕櫚は黄金いろの花をひろげるよ
ねぼけてしまつた古い黄金の綱に
かすかな昔の回想を編んで
素朴な、素朴な、今時はやらない
もうろうとしたその回想を
まひるの人人の上に影としてひろげてゐるよ
所有權
村村の靜かな地主達!
僕はこの立派な雜木林と草つ原の
あたらしい二重三重の權利を感情で爭ふ
僕は君達の風と大氣と精神を
木木がしつとりととりかこみ
どんなに地球の生の神神と
あでやかな季節の娘たちによつて
大きく味方され力を得てゐるかが
うらやましくてたまらないから。
松の山
かさなり、うち重なり
松の山、更に松の山ばかり
いくら眺めても松ばかりの
あざやかな酸と、影つた緑青の
すが/\として味氣なき田舍景色よ
颯と朝の明星をかかげて
七月の白鷺の群れを放ち、はなち
ルビー色の火を焚けよ
はるかに障子のみ眞白な小家。
旅行
旅をしよう、爽涼たる青年時代に
水星からでも降つて來た人のやうに
ちらちらする宵の情炎をおびて
怒濤のすぐ傍に坐つたり
古寺の幽繪のほとりを歩いたり
青ざめた博物館を通りぬけて
ただ二人のほかは星と町と村との
清らかな自然色の廣場があるばかりで
千鳥と千鳥がとぶやうに
春と秋との愛情をむすび、羽をそろへ
新らしい快樂の壺が破れるまで
影繪の人物のやうに旅をしよう。
青根への道
馬上に、一人ゆれる椅子をかけ
空中にゆられ、風にゆられ
霧は眞青な落葉松の
矢ばねから矢ばねへはねかへり
幽かな空をわたり、つめたい木陰をつたひ
私は馬の廻るままに山をめぐる
得もいはれぬ靜かな朝のはれゆく愁ひよ
ゆたりゆたりと谿の上をそひ
もも色の花處女袴に眼をはなち
深みゆく山の影多き心を
霧いろに青む外套に蔽ひつつ。
雪と瀧
空氣に色をつけよ
僕は谿の空中をへだてて
雪の山嶽の裂け目から
ぼうぼうと落下する瀧の花火を見つめる
こんなにも雪白な、生きた寫眞を
鮮かな感覺をもつて切斷し
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