透らんばかりにあちこちと隱れてゆく
大きい春といふ神話の魔法使の影を。
過ぎし日
うつくしかつた情熱の煙ともわかれ
もつともわびしい田舍へやつて來たものにとつて
四月のうすい春蘭やまつ白な木の花の
ざわざわとして吹きすさぶ色にふれるとき
さらにさらにあざやかな淋しさが
夕暮の匂ひとともにしんめりと身にながれる
いかなれば今さらに自然界の春の
こんなにもすがすがしくはれやかなるぞ
その眼その身にも似る事なく
日日に遠のく美しいいろいろの思ひを
いきいきととびちらしてしまつて。
二重の惑はし
ひそやかに色の濃い四月の夕ぐれの
どこともなくうすけむりにつつまれた地球のうつくしさ
もうろうと立ちどまつて獨り眺めてゐると
眼に見ゆるものすべてが情熱に映り映え
憂はしくもものによりそひて
しめやかなる粧ひをつくした女のやうに
あやしげに燃ゆるふしぎな姿もかんじられ
その奧の方にかくれてゆくほんのりした夕映を
うつとりしながら戀ひしたふ。
匂ひと響き
藪とすももの花のあらしのなかから
いひ知れぬうすい感じと影がとびちり
曇つてゐる村村と僕をあをあをと塗りつけ
ごくひそやかな響きをつたへては見えなくなる
僕はそのうしろと前と色のよい空間へ
自分の持つてゐる曇りも闇をもとばしてしまひ
眞晝のうすい月の色香をかんじ
雜木のむれを吹き透す生氣にふれ
何のあてもなくほんのりと自分を失くしてしまふ
僕はその色とも水ともつかない薫りを愛し
このうつくしい響きのなかから
生の幽麗なる姿に似たものをかんじはじめる
おぼろげなるそこら中の色と形とに
ふしぎな情愛の日のふくらみをふらせ
無名の生氣の大きい蒸氣に
いつともなく沈みながら。
[#地から1字上げ](武州折本村にて)
四月の影
四月の霽《は》れたる午前のそよかぜは
村村のひそやかなる青紫の影を吹き
滴るばかりに細かな花の盛りを
ひかりと熱とのあきらかな炎に染めなし
もの皆うつとりとしめりのある影をたのしみ
かろき枝枝は大氣の匂ひを拂ひては地に塗る
かかるもの影を歩めるものこそ
いともやさしき靜かさにみたされ
はれやかなる雫のごとく玲瓏として
おのが心のうちに祕められたる
もつとも小さき、もつとも無心なる
新らしき情怨を花火のごとく身に焚いて
そのひそやかなる朝を尊ぶであらう。
めぐりあひ
ふかい年月のあ
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