をつけて
新らしいおまへを祭り得る力を得たこの腕を
どんなにか匂ひのよい谿の空中へとうちふつて
自分の狂氣をうたひ、無智や本能をうたひ
おまへに僕の精神のいつさいの機能を
何の苦もなく捧げてしまはうと努力したらう。
春日遊行
おおわれわれのはれやかな
喜びにもえてゐる車がそこに到着したとき
古い千年も昔の都であつた山の村村は
どんなにか春の日に色づいて
うすうすとした水蒸氣にぬれ
いろいろな木の花や蒼ざめた廢道や寺寺を
大きな日時計のやうに
影と形をもつて地の上に畫いてゐてくれたらう
われわれは杉の匂ひにしめつてゐる大きい寺へ
わかい櫻がほんのりとふかれてゐる四ツ辻へ
時ならぬ色や音をこぼしながら
あたらしい影と日を塗つたり亂してゆくけれど
しづかに埋もれてゐる都の記念物や
土壁や石や青青とした建物や寺寺も
あざやかに濕つてゐる風にうつり
ほのかな空氣の中にあらはれてくる
われわれは見る事より思ふ事によつて
さまざまな美しいかがやきを認めたり
古い時間の青い花を見つけ
重たい明暗にしづむ寺院の深さや
樓船のやうな古い木の山門を
われわれの感覺の觸冠でこすつたり
その奧底に沁みてゐる立派な思想や裝飾を
晝の感情の黄金時計で見つめたり
一千年の幽かな大氣の幕をあげたり下したりして
しんしんとしたものの靈と靜かな形を
あをあをと身に印刷するやうに見てあるく
われわれは槇や檜のうすら青い華やかさに
しんめりと濡れたり日に染まるだけそまつて
中世紀の都の人人のふかい考へや信仰にふれ
青艶な黄金と黒との佛像ををがみ
建物の幽麗な古いかをりに悲しくされて
いかにこの古い都が美しかつたか
光華印刷のやうにあたらしかつたか
そのかすかな情熱の夕映を
今木の間や苔のある岩の上にちらちらと
おひつめながらはてしなき大樹のほとりをさまよふ
一千年のあきらかな日と夜の色どり
あかるい鮮麗な大氣の中のうつりかはり
ただ感ずる事によつてしづしづと
われわれをとりまきかがやかしめる思想のやうに
名も知れぬ昔からの木の花と
草やら影でいつぱいの崖も十字路もあばらやも
ひつそりと寂寞の谿にかくしてゐる村
われわれは戀人をつれ生の寶玉をつれ
その古い無形の都に影とともにすすみ入り
春の日の砂金と常盤木の群青をもつて一本の歩行線を畫く
われわれの歡喜はうすい水や花でいつぱいである
地中に
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