ついぜん》をやっているとき、富士男はサクラ号のふなばたに立って、きっと泡《あわ》だつ怒濤《どとう》をみつめていた。
平和な海面なら、綱を持って対岸《たいがん》まで泳ぎつくことは、至難《しなん》でない、だが嵐《あらし》のあとの海は、まだ獰悪《どうあく》である。幾千とも知れぬ大岩小岩につきあたる波は、十|丈《じょう》の高さまでおどりあがっては、瀑《たき》のごとく落下し、すさまじい白い泡と音響《おんきょう》をたてて、くだけてはちり、ちってはよせる。
おそろしい怒濤《どとう》の力! もしそれにひかれて岩角にたたきつけられたら、富士男のからだはこっぱみじんになる。
「兄さん、いっちゃいけない」
と次郎は兄のそばへ走ってさけんだ。
「いいよ、心配すな、次郎!」
富士男はわざと微笑《びしょう》をむけて、弟の頭をなでた。
「だいじょうぶかえ」
とゴルドンはいった。
「やるよりしようがない、これが最善《さいぜん》の道だと考えた以上は、死んでもやらなきゃならない」
「しかし……」
「ゴルドン、安心してくれたまえ、ぼくは父からきいたが、日本のことわざに、『義を見てなさざるは勇なきなり』というのがあ
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