と戦いつつあるところは、すなわちこの群島の圏内《けんない》である。このへんの正月は日本の七月ごろに相当する、かれらはことごとくニュージーランドに住む商人や官吏《かんり》の子である。ニュージーランドの首府《しゅふ》オークランド市に、チェイマン学校という学校がある。この学校は寄宿制度《きしゅくせいど》であって、幼年から少年までを収容《しゅうよう》して、健全剛毅《けんぜんごうき》なる教育をほどこすのである。
 されば全校の気風は勇気にとみ、また慈愛《じあい》と友情にあつく、年長者は年少者を、弟のごとく保護《ほご》し、年少者はまた、年長者を兄のごとく尊敬《そんけい》する。
 がんらいこの一帯は英国の領地《りょうち》であるが、群島のうちには、仏領《ふつりょう》もあり米領《べいりょう》もある。日本はこのうちの一島をも有せぬ、しかし進取《しんしゅ》の気にとむ日本人は、けっしてこの島をみのがすようなことはなかった。商人はどしどし貿易《ぼうえき》の途《みち》をひらく、学者工業家漁業家も、日本からゆくものしだいに増加しつつある。
 大和富士男と次郎の父は、日本から招聘《しょうへい》せられた工学者で、この島
前へ 次へ
全254ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング