、義侠《ぎきょう》の血をうけた富士男の意気《いき》は、りんぜんとして五体にみちた。かれは面《おもて》もふらずまっすぐに、甲板の上をつたいつたい船首のほうへ走った。
「モコウ! モコウ!」
返事がない。
「モコウ! モコウ!」
声はしだいに涙をおびた。とかすかなうなり声がふたたびきこえた。
「モコウ!」
富士男は声をたよりに巻《ま》きろくろとみよしのあいだにあゆみよった。
「モコウ!」
一度きこえたうなり声はふたたびきこえなくなった。
「モコウ!」
声のかぎりさけびつづけてみよしへ進まんとした一せつな、かれはなにものかにつまずいて、あやうくふみとどまった。
「ううううう」
つまずかれたのは、モコウのからだであった。
「モコウ! どうした」
富士男は喜びのあまりだきついた。モコウは巨濤《おおなみ》にうちたおされたひょうしに、帆綱《ほづな》[#ルビの「ほづな」は底本では「ほずな」]にのどをしめられたのであった、かれはそれをはずそうともがくたびに、船の動揺《どうよう》につれて、綱がますますきつく[#「きつく」に傍点]ひきしまるので、いまはまったく呼吸《いき》もたえだえになっていた
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