ない、ここに三人がいる、船底《ふなぞこ》にはさらに十一人の少年がいる、同士《どうし》のためにはけっして心配そうな顔を見せてはならぬのだ。
 かれは大きな責任《せきにん》を感ずるとともに、勇気がますます加わった。
 このとき、船室に通ずる階段口のふたがぱっとあいて、二人の少年の顔があらわれた。同時に一頭のいぬがまっさきにとびだしてきた。
「どうしてきた」と富士男は声をかけた。
「富士男君、船がしずむんじゃない?」
 十一、二歳の支那少年|善金《ゼンキン》はおずおずしながらいった。
「だいじょうぶだ、安心して船室にねていたまえ」
「でもなんだかこわい」
 といまひとりの支那《しな》少年|伊孫《イーソン》がいった。
「だまって眼をつぶってねていたまえ、なんでもないんだから」
 このときモコウはさけんだ。
「やあ、大きなやつがきましたぜ」
 というまもなく、船より数十倍もある大きな波が、とものほうをゆすぶってすぎた。ふたりの支那少年は声をたててさけんだ。
「だから船室へかえれというに、きかないのか」
 富士男はしかるようにいった、善金《ゼンキン》と伊孫《イーソン》はふたたび階段のふたの下へひっこんだ、とすぐまたひとりの少年があらわれた。
「富士男君、ぼくにもすこしてつだわしてくれ」
「おうバクスター、心配することはないよ、ここはぼくら四人で十分だから、きみは幼年たちを看護《かんご》してくれたまえ」
 仏国《ふつこく》少年バクスターはだまって階段をおりた。嵐《あらし》は刻《こく》一|刻《こく》にその勢いをたくましゅうした。船の名はサクラ号である。ちょうどさくらの花びらのように船はいま波のしぶきにきえなんとしている。とものマストは二日まえに吹き折られて、その根元《ねもと》だけが四|尺《しゃく》ばかり、甲板《かんぱん》にのこっている、たのむはただ前方のマストだけである、しかもこのマストの運命は眼前《がんぜん》にせまっている。
 海がしずかなときには、ガラスのようにたいらな波上《はじょう》を、いっぱいに帆を張って走るほど、愉快《ゆかい》なものはない。だがへいそに船をたすける帆は、あらしのときにはこれほど有害なものはない、帆にうける風のために船がくつがえるのである。
 だが、十六歳を頭《かしら》にした十五人の少年の力では、帆をまきおろすことはとうていできない。見る見るマストは満帆《ま
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