出獄するといううわさが拡まった。
「おもしろい、覚平がきっと復讐するにちがいない」と人々はいった。
 ある日光一は覚平を見た、かれはよごれたあわせに古いはかまをはいて首にてぬぐいをまいていた、一月の獄中生活でかれはすっかりやせて野良犬《のらいぬ》のようにきたなくなり目ばかりが奇妙に光っていた、かれは非常に鄭重《ていちょう》な態度で畳《たたみ》に頭をすりつけてないていた。
「ご恩は決してわすれません、きっときっとお返し申します」
 かれはきっときっとというたびに涙をぼろぼろこぼした。
「もういいもういいわかりました、だれにもいわないようにしてな、いいかね、いわないようにな」
 と父はしきりにいった。
「きっと、きっと!」
 覚平《かくへい》はこういって家をでていった、光一ははじめて例のさしいれものは父であることをさとった。その翌日から町々を顛倒《てんとう》させるような滑稽《こっけい》なものがあらわれた。懲役人《ちょうえきにん》の着る衣服と同じものを着た覚平は大きな旗をまっすぐにたてて町々を歩きまわるのである。旗には墨痕淋漓《ぼっこんりんり》とこう書いてある。
「同志会の幹事《かんじ》は強
前へ 次へ
全283ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング