あ帰ろう」
 夕闇《ゆうやみ》がせまる武蔵野《むさしの》のかれあしの中をふたりは帰る。
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花さき花はうつろいて、露おき露のひるがごと、
星霜《せいそう》移り人は去り、舵《かじ》とる舵手《かこ》はかわるとも、
わが乗る船はとこしえに、理想の自治に進むなり。
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 日はとっぷりと暮れた、安場ははたと歌をやめてふりかえった。
「なあおい青木、一緒《いっしょ》に進もうな」
「うむ」
 たがいの顔が見えなかった。
「おれも早くその歌をうたいたいな」とチビ公はいった、安場は答えなかった、ざわざわと枯れ草が風に鳴った。
「おれの歌よりもなあ青木」と安場はいった。「おまえのらっぱの方が尊いぞ」
「そうかなあ」
「進軍のらっぱだ」
「うむ」
「いさましいらっぱだ、ふけッ大いにふけ、ふいてふいてふきまくれ」
 ひゅうひゅう風がふくので声が散ってしまった。
 幸福の神はいつまでも青木一家にしぶい顔を見せなかった、伯父さんとチビ公の勉強によって一家は次第に回復した。チビ公の母は病気がなおってから店のすみにわずかばかりの雑穀《ざっこく》を並べた、黙々《もくもく》先生は
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