うか」
「よけいなものだと思います」
「それだからいかん、人間の身体《からだ》のうちで一番大切なものはへそだよ」
「しかしなんの役にも立ちません」
「そうじゃない、いまのやつらはへそを軽蔑《けいべつ》するからみな軽佻浮薄《けいちょうふはく》なのだ、へそは力の中心点だ、人間はすべての力をへそに集注すれば、どっしりとおちついて威武も屈《くっ》するあたわず富貴も淫《いん》するあたわず、沈毅《ちんき》、剛勇、冷静、明智になるのだ、孟子《もうし》の所謂《いわゆる》浩然《こうぜん》の気はへそを讃美した言葉だ、へそだ、へそだ、へそだ、おまえは試験場で頭がぐらぐらしたらふところから手を入れてしずかにへそをなでろ」
 おれは試験場でへそをなでなかったが、難問題《なんもんだい》にぶつかったときに先生のこの言葉を思いだした、そうして、
「へそだ、へそだ、へそだ」と口の中でいった、と急におかしくなってふしぎに気がしずまる、かっと頭にのぼせた熱がずんとさがって下腹に力がみちてくる。
 旧式の本、それを読んだことはいわゆる試験準備のために印刷された本よりもはるかに有効であった。
 どんな本でも、くわしくくわしくい
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