「たのむぞ」
「やってくれ」
 声々が起こった。生蕃は一言もいわずに敵軍をジロリと見やったとき、ライオンがまた同じくジロリとかれを見た。二年の名誉を負うて立つ生蕃! 三年の王たるライオン! 正《まさ》にこれ山雨きたらんとして風|楼《ろう》に満つるの概《がい》。
 犬の方は一向にはかどらなかった、かれらはたがいにうなり合ったが、その声は急に稀薄《きはく》になった、そうして双方歩み寄ってかぎ合った。多分かれらはこう申しあわしたであろう。
「この腕白《わんぱく》どもに扇動《せんどう》されておたがいにうらみもないものが喧嘩したところで実につまらない、シナを見てもわかることだが、英国やアメリカやロシアにしりを押されて南北たがいに戦争している、こんな割《わ》りにあわない話はないんだよ」
 赤は鹿毛《しかげ》の耳をなめると鹿毛は赤のしっぽをなめた。
 犬が妥協《だきょう》したにかかわらず、人間の方は反対に興奮《こうふん》が加わった。
「やあ逃げやがった」と三年がわらった。
「赤が逃げた」と二年がわらった。
「もう一ぺんやろうか」と細井がいった。
「ああやるとも」と手塚がいった、元来生蕃は手塚をすかな
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