う問題じゃないよ、ただね、つまらないことは……」
「なにを?」
三年の群れからライオンとあだ名された木俣《きまた》という学生がおどりだした、木俣といえば全校を通じて戦慄《せんりつ》せぬものがない、かれは柔道がすでに三段で小相撲《こずもう》のように肥って腕力は抜群である、かれは鉄棒に両手をくっつけてぶらさがり、そのまま反動もつけずにひじを立ててぬっく[#「ぬっく」に傍点]とひざまでせりあげるので有名である。柔道のじまんばかりでなく剣道もじまんで、どうかすると短刀をふところにしのばせたり、小刀をポケットにかくしたりしている。
木俣がおどりだしたので人々は沈黙《ちんもく》した。
「おじぎをしたらゆるしてやるよ、なあおい」
とかれは同級生をふりかえっていった。
「三|遍《べん》まわっておじぎしろ」
光一はもうこの人達にかかりあうことの愚を知ったのでひきさがろうとした。
「逃げるかッ」
木俣は光一の手首をたたいた、筆記帳は地上に落ちて、さっとページをひるがえした。光一はだまってそれを拾いあげしずかに人群れをでた。むろんかれは平素人と争うたことがないのであった。
「弱いやつだ」
三年生
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