こへ阪井がきました、それから……」
手塚はさっと顔を赤めてだまった。
「それからどうした」と少尉《しょうい》がうながした。
「喧嘩をしました」
「ごまかしちゃいかん」と少尉はどなった。「どういう動機で喧嘩をしたか、男らしくいってしまわんときみのためにならんぞ」
「カンニングのその……」
「どうした」
「柳が阪井に教えてやらないので」
「それで阪井がうったのか」
「はい」
「一番先に答案ができたのは柳だ、それに柳が阪井を救わずに教室を出たのは卑怯《ひきょう》だ、利己主義《りこしゅぎ》だといったのはだれか」
「ぼくじゃありません」と手塚はしどろになっていった。
「きみでなければだれか」
「知りません」
「知らんというか」
「多分桑田でしょう」
「桑田か」
「はい」
「きみもカンニングをやるか」
「やりません」
「きみは一番うまいという話だぞ」
「それは間違いです」
「よしッ帰ってもよい」
手塚はねずみの逃ぐるがごとく室《へや》をでてほっと息をついた。雑嚢《ざつのう》を肩にかけて歩きながら考えてみると阪井を弁護しようと思ったはじめの志と全然反対にかえって阪井の不利益をのべたてたことになっている。
「これが阪井に知れたら、どんなめにあうかも知れない」
怜悧《れいり》なる手塚はすぐ一|策《さく》を案じて阪井をたずねた、阪井は竹刀《しない》をさげて友達のもとへいくところであった。
「やあきみ、大変だぞ」と手塚は忠義顔にいった。
「なにが大変だ」と阪井はおちついていった。
「先生も校長も非常におこってきみを退校させるといってる」
「退校させるならさせるがいいさ、片《かた》っ端《ぱし》からたたききってやるから」
「短気を起こすなよ、ぼくがうまくごまかしてきたから多分だいじょうぶだ」
「なんといった」
「柳の方から喧嘩を売ったのです。柳は生蕃に向かっておまえはふだんにいばってもなんにもできやしないじゃないかといっても生蕃はだまっていると……」
「おい生蕃とはだれのことだ」
「やあ失敬」
「それから?」
「柳が生……生……じゃない阪井につばをはきかけたから阪井がおこってたちあがると柳は阪井の顔を打ったので阪井は弁当をほうりつけたのです」
「うまいことをいうな、きみはなかなか口がうまいよ」
「そういわなければ弁護のしようがないじゃないか」
「だがおれはいやだ、おれはきみと絶交《ぜっ
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