頭をふった。
「いやなのかい」
「お志は感謝します。だが柳さん」
 千三はふたたび沈黙した。肩をゆする大きなため息がいくども起こった。
「わがままのようだけれどもぼくはお世話になることはできません」
「どうして?」
「ぼくはねえ柳さん、ぼくは独力でやりとおしたいんです、人の世話になって成功するのはだれでもできます、ぼくはひとりで……ひとりでやって失敗したところがだれにも迷惑をかけません、ぼくはひとりでやりたいのです」
「しかしきみ」
 光一は千三の手をきびしくにぎりしめてじっと顔を見詰めたが、やがて茫然《ぼうぜん》と手を放した。
「失敬した、きみのいうところは実にもっともだ、ぼくはなんにもいえない」
 庭の茂りのあいだから文子の声が聞こえた。
「兄さん! ご飯よ、今日《きょう》はコロッケよ」
「そんなことをいうものじゃない」と光一はしかるようにいった、文子の声はやんだ。
「どうか悪く思わないようにね」と千三がいった。
「いや、ぼくこそ失敬したよ」と光一はいった。
「いままでどおりにお願いします」
「ぼくもね」
 ふたりはふたたびかたい握手《あくしゅ》をした。
「コロッケがさめるわよ」と文子は窓から顔をだしていった。
「うるさいやつだな」と光一はわらった。
「さようなら」
 千三はおけをかついでふらふらと歩きだした。光一はだまって後ろ姿を見送ったが、両手を顔にあててなきだした。日は次第に暮れかけてうの花だけがおぼろに白く残った。
 翌日光一は学校へゆくと手塚がかれを待っていた。
「きみ、気をつけなきゃいけないよ、生蕃がきみを殺すといってるよ」
「なぜだ」
「きみの父《ファザー》がチビ公の伯父さんのさしいれ物をしたそうじゃないか」
「だれがそんなことをいったんだ」
「町ではもっぱら評判《ひょうばん》だよ」
「そんなことはぼくは知らん、よしんば事実にしたところで、生蕃がなにもぼくを殺すにあたらない話だ」
「ぼくもそう思うがね、あの問題はチビと生蕃のことから起こって、大人《おとな》同志の喧嘩になったんだからな」
「かまわんさ、ほっとけ、ぼくは生蕃をおそれやしないよ」
「きみはいつも傲慢《ごうまん》な面《つら》をしてるとそういってたよ」
「なんとでもいうがいい」
「しかし気をつけなけりゃ」
 手塚はいつも表裏《ひょうり》反覆《はんぷく》つねなき少年で、今日は西に味方し明日は東
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