にけあげた足先! チビ公はばったりたおれた。ふたたび起きあがったときはるかに生蕃の琵琶歌《びわうた》が聞こえた。
「それ達人は大観す……栄枯は夢か幻《まぼろし》か……」
チビ公の目から熱い涙がとめどなく流れた、金のためにさいなまれたかれは、腕力のためにさいなまれる、この世のありとあらゆる迫害《はくがい》はただわれにのみ集まってくるのだと思った。
はかまのどろをはらってとぼとぼと歩きだしたが、いろいろな悲憤《ひふん》が胸に燃えてどこをどう歩いたかわからなかった、かれはひょろ長いポプラの下に立ったときはじめてわが家へきたことを知った、家の中では暗い電灯の下で伯父《おじ》が豆をひいている音が聞こえる。
「ぎいぎいざらざら」
うすをもるる豆の音がちょうどあられのようにいかめしい中に、うすのすれる音はいかにも閑寂《かんじゃく》である、店の奥には母が一生懸命に着物を縫《ぬ》うている。やせた顔におくれ毛がたれて切れ目の長い目で針を追いながらふと手をやめたのはわが子の足音を聞きつけたためであろう。
「折詰がない」
こう思ったときチビ公はこらえられなくなってなきだした。
「だれだえ」
母の声がした。
「千三《せんぞう》か」
石うすの音がやんだ。そうして戸をあけるとともに伯父《おじ》の首だけが外へ出た。
「なにをしてるんだ千三」
チビ公はだまっている。
「おい、ないてるのか」
伯父は手をひいて家へいれた。母は心配そうにこのありさまを見ていた、伯母《おば》はすでに寝てしまったらしい。
「どうしたんだ」
「伯父さんにあげようと思ってぼくは……」
チビ公はとぎれとぎれに仔細《しさい》を語った。
「まあ着物はやぶけて、はかまはどろだらけに……」
と母も悲憤《ひふん》の涙にくれていった。
「助役の子だね、阪井の子だね、よしッ」
伯父の顔はまっかになったかと思うとすぐまっさおになった。かれは水槽《みずおけ》の縁《へり》にのせたてぬぐいを、ふところに押しこんで家を飛びだした。
「伯父さんをとめて」と母が叫んだ。チビ公はすぐ外へ飛びだした。
「だいじょうぶだ、心配すな、みんな寝てもいいよ」
伯父さんは走りながらこういった。
「待っておいで」
母はこういってぞうりをひっかけて伯父のあとを追うた。チビ公は茶の間へあがって時計《とけい》を見た、それは九時を打ったばかりであった。チビ
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