な服装と、いかにも得意然《とくいぜん》たる顔色と共に見物人を圧倒した、ダブルプレー、トリプルプレー、その中に手塚のできばえはべっしてすばらしかった、かれはどんなゴロでも完全につかんだ、かれは頭上高き球をジャンプしてとった、左側に打たれた難球を転《ころ》んでつかんだ、つかむやいなや二塁に送った。その機敏さ、洒脱《しゃだつ》さはさながら軽業師《かるわざし》のごとく見物人を酔《よ》わした。
「手塚! 手塚!」
 の声が鳴りわたった。ちょうどそのとき黙々塾《もくもくじゅく》の一隊が入場した。
「きたきたきた」
 見物人は立ちあがってその方を見やった、同時に「わあッ」という笑声が一度に起こった。
 見よ! 黙々塾の一隊! それはマークの着いた帽子もなく揃いのユニフォームもない、かれらは一様にてぬぐいで鉢巻きをしていた、かれらのきたシャツにはメリヤスもあればねずみ色に古びたフランネルもあり、腕のないじゅばんもあった、かれらは大抵《たいてい》さるまたの上にへこ帯をきりきりと巻き、結び玉を後ろへたれていた、かれらのはいてるのは車夫のゴム足袋《たび》もあれば兵隊の古靴もある。九人はことごとくちがった服装、その先頭にコーチャーの安場は七輪《しちりん》のような黒い顔をしてこけ色になった一高の制服制帽で堂々と歩いてくる。
 いずれを見てもそれはいかにもみじめな一隊であった、かの花やかな浦中と対照してこれは何というきたならしい選手達だろう、見物人は戦わぬうちに勝敗を知った。
「だめだよ、つまらない」
 もう見かぎりをつけて帰ったものもある。一同は肩ならしをやったうえで、さっとシートに着いた、安場は上衣《うわぎ》を脱いでノックした。それはなんということだろう。
 元来晴れの戦場におけるノックには一種の秘訣《ひけつ》がある、それは難球を打ってやらぬことである、だれでも取れるような球を打ってやれば過失がない、過失がなければ気がおちつく、特に試合になれぬチームに対してはノッカーはよほど寛大に手心せねばいたずらに選手をあがらしてしまうおそれがある。
 なにを思ったか安場のノックは峻辣《しゅんらつ》をきわめたものであった、難球また難球! 第一番に三塁手がミスする、ついでショートの青木、これもみごとにミスする、やりなおす、またミスする、三度、四度! 千三は次第に胸が鼓動《こどう》した、見物人は口々にののし
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