。
「おい、君のおけの上にこれを載《の》せてくれ」
千三はだまって一礼した。先生は炭だわらをおけの上に載せ、そのまま自分の肩を入れて歩きだした。
「先生! ぼくがかついでお宅《たく》まで持ってゆきます」
と千三がいった。
「いやかまわん、おれについてこい」
ひょろ長い先生のおけをかついだ影法師が夕日にかっきりと地上に映《うつ》った。
「きみは病気か」
「いいえ」
「どうしてこない?」
「なんだかいやになりました」
「そうか」
先生はそれについてなにもいわなかった。
黙々《もくもく》先生がいもだわらを載せた豆腐をにない、そのそばに豆腐屋のチビ公がついてゆくのを見て町の人々はみんな笑いだした。ふたりは黙々塾《もくもくじゅく》へ着いた。
「はいれ」と先生はてんびんをおろしてからいった。
「はい」
もう日が暮れかけて家の中は薄暗かった、千三はわらじをぬいで縁端《えんばた》に座った。先生はだまって七輪《しちりん》を取りだし、それに粉炭をくべてなべをかけ、七、八本のいもをそのままほうりこんだ。
「洗ってまいりましょうか」
「洗わんほうがうまいぞ」
こういってから先生はふたたび立って書棚を探したがやがて二、三枚の紙つづりを千三の前においた。
「おい、これを見い、わしはきみに見せようと思って書いておいたのだ」
「なんですか」
「きみの先祖からの由緒書《ゆいしょが》きだ」
「はあ」
千三は由緒書きなるものはなんであるかを知らなかった、でかれはそれをひらいた。
「村上天皇《むらかみてんのう》の皇子《おうじ》中務卿《なかつかさきょう》具平親王《ともひらしんのう》」
千三は最初の一段高く記した一行を読んでびっくりした。
「先生なんですか、これは」
「あとを読め」
「右大臣|師房卿《もろふさきょう》――後一条天皇《ごいちじょうてんのう》のときはじめて源朝臣《みなもとあそん》の姓《せい》を賜《たま》わる」
「へんなものですね」
先生は七輪の火をふいたので火の粉がぱちぱちと散った。
「――雅家《まさいえ》、北畠《きたばたけ》と号す――北畠親房《きたばたけちかふさ》その子|顕家《あきいえ》、顕信《あきのぶ》、顕能《あきよし》の三子と共に南朝《なんちょう》無二の忠臣《ちゅうしん》、楠公《なんこう》父子と比肩《ひけん》すべきもの、神皇正統記《じんのうしょうとうき》を著《あら》わして
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