い》の事を報ぜんには、両親とても直ちに結婚発表を迫らるべし、発表は容易なれども、自分の位地として、又|御身《おんみ》の位地として相当の準備なくては叶《かな》はず、第一病婦の始末だに、尚《なほ》付《つ》きがたき今日の場合、如何《いかん》ともせんやうなきを察し給へ。目下弁護事務にて頗《すこぶ》る有望の事件を担当し居り、此《この》事件にして成就《じやうじゆ》せば、数万《すまん》の報酬《はうしう》を得んこと容易なれば、其上《そのうへ》にて総《すべ》て花々しく処断すべし、何卒《なにとぞ》暫しの苦悶を忍びて、胎児を大切に注意し呉れよと他事《たじ》もなき頼みなり。素《もと》より彼を信ずればこそ此《この》百年の生命をも任《まか》したるなれ、斯《か》くまで事を分けられて、尚《な》ほしも※[#「研のつくり」、第3水準1−84−17]《そ》は偽りならん、一時《いちじ》遁《のが》れの間に合せならんなど、疑ふべき妾《せふ》にはあらず、他日両親の憤《いきどほ》りを受くるとも、言ひ解《と》く術《すべ》のなからんやと、事に托して叔母なる人の上京を乞ひ、事情を打明《うちあ》けて一身《いつしん》の始末を托し、只管《ひたすら》胎児の健全を祈り、自《みづ》から堅く外出を戒《いまし》めし程に、景山《かげやま》は今|何処《いづく》に居るぞ、一時を驚動せし彼《か》の女《ぢよ》の所在こそ聞《きか》まほしけれなど、新聞紙上にさへ謳《うた》はるゝに至りぬ。
二 分娩《ぶんべん》、奇夢《きむ》
その間の苦悶そも幾何《いくばく》なりしぞや。面白からぬ月日を重ねて翌廿三年三月上旬一男子を挙ぐ。名はいはざるべし、悔《くい》ある堕落の化身《けしん》を母として、明《あか》らさまに世の耳目《じもく》を惹《ひ》かせんは、子の行末の為め、決して好《よ》き事にはあらざるべきを思うてなり。唯《た》だその命名につきて一場《いちぢやう》の奇談あり、迷信の謗《そし》り免《まぬ》かれずとも、事実なれば記《しる》しおくべし。其子《そのこ》の身に宿りしより常に殺気《さつき》を帯《お》べる夢のみ多く、或時は深山《しんざん》に迷ひ込みて数千《すせん》の狼《おほかみ》に囲まれ、一生懸命の勇を鼓《なら》して、其《その》首領《しゆりやう》なる老狼《らうらう》を引倒《ひきたふ》し、上顎《うはあご》と下顎《したあご》に手をかけて、口より身体までを両断せしに、他《
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