天の女性に賜わりし特色をもて些《いささ》かなりとも世に尽さん考えなりしに、図《はか》らずも殺風景の事件に与《くみ》したればこそ、かかる誤認をも招きたるならめ。さきに男のすなる事にも関《かかずら》いしは事《こと》国家の休戚《きゅうせき》に関し、女子たりとも袖手《しゅうしゅ》傍観すべきに非《あら》ず、もし幸いにして、妾にも女の通性とする優しき情と愛とあらば、これを以て有為の士を奨《すす》め励《はげ》まし、及ばずながら常に男子に後援たらんとせしに外《ほか》ならず、かの男子と共に力を争い、将《は》た功を闘わさんなどは妾の思いも寄らぬ所なり。女は何処《どこ》までも女たれ男は何処までも男たれ、かくて両性互いに相輔《あいたす》け相補うてこそ始めて男女の要はあれと確信せるものなるに、図《はか》らずもかかる錯誤《さくご》を招きたるは、妾の甚《はなは》だ悲しむ所、はた甚だ快しとせざる所なるをもて、妾は女生に向かいて諄々《じゅんじゅん》その非を諭《さと》し、やがて髪を延ばさせ、着物をも女の物に換えしめけるに、あわれ眉目《びもく》艶麗《えんれい》の一美人と生れ変りて、ほどなく郷里に帰り、他に嫁《か》して美しき細君とはなりき。当時送り来りし新夫婦の写真今なおあり、これに対するごとにわれながら坐《そぞ》ろに微笑の浮ぶを覚えつ。

 二 大奇談 

 その頃なお一層の奇談あり。妾が東京に家を卜《ぼく》せしある日の事、福岡県人菊池某とて当時|耶蘇《ヤソ》教伝道師となり、普教に勉《つと》めつつありたるが、時の衆議院議員、嘉悦氏房《かえつうじふさ》氏の紹介状を携《たずさ》え来りて、妾に面会せん事を求めぬ。固《もと》より如何《いか》なる人にても、かつて面会を拒《こば》みし事のなき妾は、直ちに書生をして客室《かくしつ》に請《しょう》ぜしめ、頓《やが》て出でて面せしに、何思いけん氏は妾の顔を凝視《ぎょうし》しつつ、口の内にてこれは意外これは意外といい、頗《すこぶ》る狼狽《ろうばい》の体《てい》にて妾の挨拶《あいさつ》に答礼だも施《ほどこ》さず、茫然《ぼうぜん》としていよいよ妾を凝視するのみ。妾は初め怪《あや》しみ、遂《つい》には恐れて、こは狂人なるべし、狂人を紹介せる嘉悦氏もまた無礼ならずやと、心に七分の憤《いきどお》りを含みながら、なお忍びに忍びて狂人のせんようを見てありしに、客は忽《たちま》ち慚愧《ざんき》の体にて容《かたち》を改め、貴嬢願わくはこの書を一覧あれとの事に、何心《なにごころ》なく披《ひら》き見れば、思いもよらぬ結婚申し込みの書なりけり。その文に曰《いわ》く(中略)貴嬢の朝鮮事件に与《くみ》して一死を擲《なげう》たんとせるの心意を察するに、葉石との交情旧の如くならず、他に婚を求むるも容貌《ようぼう》醜矮《しゅうわい》突額《とつがく》短鼻《たんび》一目《いちもく》鬼女《きじょ》怪物《かいぶつ》と異《こと》ならねば、この際身を棄《す》つる方|優《まさ》るらんと覚悟し、かくも決死の壮挙を企てたるなり。可憐《かれん》の嬢が成行きかな。我不幸にして先妻は姦夫《かんぷ》と奔《はし》り、孤独の身なり、かかる醜婦と結婚せば、かかる悲哀に沈む事なく、家庭も睦《むつ》まじく神に仕えらるるならんと云々《うんぬん》。かく読み終れる妾の顔に包むとすれど不快の色や見えたりけん、客はいとど面目なき体にて、アア誤《あやま》てり疎忽《そこつ》千万《せんばん》なりき。ただ貴嬢の振舞を聞きて、直ちに醜婦と思い取れる事の恥かしさよ。わが想像の仇《あだ》となれるを思うに、凡《およ》そ貴嬢を知るほどの者は必ず貴嬢を娶《めと》らんと希《ねが》う者なるべし。さあれ貴嬢にしてもしわが志《こころざし》を酌《く》み給わずば、われは遂《つい》に悲哀の淵《ふち》に沈み果てなん。アア口惜しの有様やとて、ほとんど自失せし様子なりしが、忽《たちま》ち小刀《ナイフ》をポッケットに探《さぐ》りて、妾に投げつけ、また卓子《テーブル》に突き立てて妾を脅迫し、強《し》いて結婚を承諾せしめんとは試みつ。さてこそ遂に狂したれと、妾は急ぎ書生を呼び、好《よ》きほどに待遇《あしら》わしめつつ、座を退《しりぞ》きてその後の成行きを窺《うかが》う中《うち》、書生は客を賺《すか》し宥《なだ》めて屋外に誘《いざな》い、自《みずか》ら築地《つきじ》なる某教会に送り届けたりき。

 三 川上音二郎《かわかみおとじろう》

 これより先、大阪滞在中和歌山市有志の招待を得て、重井《おもい》と同行する事に決し、畝下熊野《はたしたゆや》([#ここから割り注]現代議士山口熊野[#ここで割り注終わり])、小池平一郎《こいけへいいちろう》、前川虎造《まえかわとらぞう》の諸氏と共に同地に至り同所有志の発起《ほっき》に係《かか》る懇親会に臨《のぞ》みて、重井その
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