に中止解散を命じぬ。図《はか》らざりきこの船遊びを胡乱《うろん》に思い、恐るべき警官が、水に潜《ひそ》みてその挙動を伺《うかが》い居たらんとは。船中の人々は今を興|闌《たけなわ》の時なりければ、河童《かっぱ》を殺せ、なぐり殺せと犇《ひし》めき合い、荒立ちしが、長者《ちょうじゃ》の言《げん》に従いて、皆々|穏《おだ》やかに解散し、大事《だいじ》に至らざりしこそ幸いなれ。されど妾《しょう》の学校はその翌日、時の県令|高崎《たかさき》某より、「詮議《せんぎ》の次第《しだい》有之《これあり》停止《ていし》候事《そうろうこと》」、との命を蒙《こうむ》りたり。詮議の次第とは何事ぞ、その筋に向かいて詰問する所ありしかど何故《なにゆえ》か答えなければ、妾の姉婿《しせい》某が県会議員常置委員たりしに頼《よ》りてその故を尋《たず》ねしめけるに、理由は妾が自由党員と船遊びを共にしたりというにありて、姉婿さえ譴責《けんせき》を加えられ、暫《しばら》く謹慎《きんしん》を表する身の上とはなりぬ。
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第二 上京
一 故郷を捨つ
政府が人権を蹂躙《じゅうりん》し、抑圧を逞《たくま》しうして憚《はばか》らざるはこれにても明《あき》らけし。さては、平常先輩の説く処、洵《まこと》にその所以《ゆえ》ありけるよ。かかる私政に服従するの義務|何処《いずく》にかあらん、この身は女子なれども、如何《いか》でこの弊制《へいせい》悪法を除かずして止《や》むべきやと、妾《しょう》は怒りに怒り、※[#「二点しんにょう+(山/而)」、第4水準2−89−92]《はや》りに※[#「二点しんにょう+(山/而)」、第4水準2−89−92]りて、一念また生徒の訓導に意なく、早く東都に出《い》でて有志の士に謀《はか》らばやとて、その機の熟するを待てる折しも、妾の家を距《さ》る三里ばかりなる親友|山田小竹女《やまだこたけじょ》の許《もと》より、明日《みょうにち》村に祭礼あり、遊びに来まさずやと、切《せつ》なる招待の状|来《きた》れり。そのまま東都に奔《はし》らんにいと序《つい》でよしと思いければ、心には血を吐くばかり憂かりしを忍びつつ、姉上をも誘《いざな》いて、祖先の墓を拝せんことを母上に勧め、親子三人引き連れて約一里ばかりの寺に詣《もう》で、暫《しばら》く黙祷《もくとう》して妾が志《こころざし》を祖先に告
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