○長く所謂《いはゆる》素人《しろうと》たれ、黒人《くろうと》たる莫《なか》れ。技やよしあしの何は問はず、黒人は存外まづいものなり、下手なものなり、いやでも黒人となりて、其処《そこ》に衣食するに及べば、已《すで》に早く一生の相場は定まれるものなり。之《これ》を素人より見るに、黒人ばかり物知らぬはなし、弁《わきま》へぬはなし。
○染めて返らぬ黒人が身は、進退共に一度づゝ、足を洗はざる可からず。素人は自在也。
○志《こゝろざし》は行ふものとや、愚《おろか》しき君よ、そは飢《うゑ》に奔《はし》るに過ぎず。志は唯《たゞ》卓を敲《たゝ》いて、なるべく高声《かうせい》に語るに止《とゞ》むべし。生半《なまなか》なる志を存せんは、存せざるに如かず、志は飯を食はす事なければなり。志は欠くも、飯は欠くを得ざればなり。
○さりとも志を棄てんは惜しき時、一策あり、精々《せい/″\》多く志を仕入れて、処《ところ》嫌はず之を振廻さん事なり。成功を見ずと雖《いへど》も、附け届けを見ん。脊負《しよひ》切れざる程なるをもて、志の妙となす。此《こ》れにも入るべし、彼《か》れにも加はるべし、推移するに憚《はゞか》らざるが故に、さてなん人々今を聖代《せいだい》と称す。
○丈夫《ぢやうふ》四方《しはうの》志《こゝろざし》と唐人《からびと》の言ひけん、こは恐らくは八方の誤りなるべし。
○志を抱いて死す、さもしからずや。一般字典の訓《をし》ふる所によれば、大丈夫《だいぢやうぶ》は男の義なり、女を抱《いだ》いて死せんのみ。何で死んでも広告代は同額也。
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○英雄を罵《のゝし》る、快事たり。美人を罵る、亦快事たり。されども共に、銭なき時の事たり。
○慷《かう》して慨せざる可けんやと、息巻《いきまき》荒き人の声の、蟇口《がまぐち》の中より出づるものならぬは、今に於てわれの確信する所なりと雖も、曾て燕趙悲歌《えんてうひか》の士|多《おほ》してふ語をきける毎に、定めしお金が無かつたらうとおもふを禁《とゞ》め得ざりき。我れの矛盾にあらず、彼れの進歩のみ。
○儲けるを知つて遣ふを知らず、斥《しりぞ》くべし。遣ふを知つて儲けるを知らず、是亦斥くべし。さらば何とかすべき。儲けて而《しか》して遣へとは、儲けぬ人の言なり。遣つて而して儲けよとは、遣はぬ
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