》を混同したものだらう。かゝる誤りは萬朝報《よろづてうはう》に最も少《すくな》かつたのだが、先頃《さきごろ》も外《ほか》ならぬ言論欄に辻待《つぢまち》の車夫《しやふ》一切《いつせつ》を朧朧《もうろう》と称《せう》するなど、大分《だいぶ》耳目《じもく》に遠いのが現《あら》はれて来た。これでは国語調査会《こくごてうさくわい》が小説家や新聞記者を度外視《どぐわしし》するのも無理はないと思ふ。萬朝報《よろづてうはう》に限らず当分《たうぶん》此類《このるゐ》のが眼《め》に触れたら退屈《たいくつ》よけに拾《ひろ》ひ上げて御覧《ごらん》に供《きよう》さう。(十五日)
      ○
日向恋《ひなたこひ》しく河岸《かし》へ出ますと丁度《ちやうど》其処《そこ》へ鰻捕《うなぎと》る舟が来て居《い》ました。誰《たれ》もよくいふ口ですが気の長い訳《わけ》さね 或一人《あるひとり》が嘲笑《あざわら》ひますと又《また》、或一人《あるひとり》がさうでねえ、あれで一日《いちにち》何両《なんりやう》といふものになる事がある俺《わつち》が家《うち》の傍《そば》の鰻捺《うなぎか》ぎは妾《めかけ》を置いて居《ゐ》ますぜと、ジロリと此方《こなた》の頭の先から足の先|迄《まで》見下《みおろ》しましたこのやうな問答《もんだう》は行水《ゆくみづ》の流れ絶《た》えず昔《むかし》から此河岸《このかし》に繰《く》り返《かへ》されるのですがたゞ其時《そのとき》私《わたくし》の面白いと思ひましたのは、見下《みおろ》した人も見下《みおろ》された人も、殆《ほとん》ど同じ態度に近寄りまして更《あらた》めて感《かん》に入《い》つた一呼吸《いつこきう》の裡《うち》にどちらもが妾《めかけ》のありさうにも有得《ありえ》さうにもないのゝ明《あきら》かな事でした即《すなは》ち妾《めかけ》を置きますのを、こよなき驕奢《けうしや》こよなき快楽としますやうな色が、其《その》どちらもの顔一|杯《ぱい》に西日《にしび》と共に照《てり》渡つた事でした。(十六日)
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二の酉也《とりなり》、上天気也《じやうてんきなり》、大当《おほあた》り也《なり》と人の語り行《ゆ》くが聞《きこ》え申候《まうしそろ》。看上《みあ》ぐるばかりの大熊手《おほくまで》を担《かつ》ぎて、例《れい》の革羽織《かはばおり》の両国橋《りやうごくばし》の中央に差懸《さしかゝ》り候処《そろところ》一葬儀《いちさうぎ》の行列《ぎやうれつ》前方《ぜんほう》より来《きた》り候《そろ》を避《さ》くるに由《よし》なく忽《たちまち》ち之《これ》を河中《かちう》に投棄《なげす》て、買直《かいなほ》しだ/\と引返《ひきかへ》し候《そろ》を小生《せうせい》の目撃致候《もくげきいたしそろ》は、早《はや》十四五|年《ねん》も前の昼の事に候《そろ》。けふ此頃《このごろ》の酉《とり》の市《まち》に参《まゐ》りて、エンギを申候《まうじそろ》ものにこの意義《いぎ》ありや、この愛敬《あいきやう》ありや。年季職人《ねんきしよくにん》の隊《たい》を組みて夜《よ》を喧鬨《けうがう》の為《た》めに蟻集《ぎしう》するに過ぎずとか申せば、多分《たぶん》斯《かく》の如《ごと》き壮快《さうくわい》なる滑稽《こつけい》は復《また》と見る能《あた》はざるべしと小生《せうせい》は存候《ぞんじそろ》(一七日)
      ○
往還《わうくわん》よりすこし引入《ひきい》りたる路《みち》の奥《おく》に似《に》つかぬ幟《のぼり》の樹《た》てられたるを何かと問へば、酉《とり》の市《まち》なりといふ。行《ゆ》きて見るに稲荷《いなり》の祠《ほこら》なり。此地《こゝ》には妓楼《ぎろう》がありますでな、酉《とり》の無いのも異《い》なものぢやといふ事でと、神酒《みき》の番《ばん》するらしきが何《なに》ゆゑかあまたゝび顔撫《かほな》でながら、今日限《こんにちかぎ》り此祠《このほこら》を借《か》りましたぢや。これも六七年前。下総《しもふさ》は市川《いちかは》、中山《なかやま》、船橋辺《ふなばしへん》の郊行《かう/\》の興深《きようふか》からず、秋風《あきかぜ》の嚏《くさめ》となるを覚《おぼ》えたる時の事に候《そろ》。(十七日)
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人目《ひとめ》に附易《つきやす》き天井裏《てんじやうゝら》に掲《かゝ》げたる熊手《くまで》によりて、一|年《ねん》若干《そくばく》の福利《ふくり》を掻《か》き招《まね》き得《う》べしとせば斃《たふ》せ/\の数《かず》ある呪《のろ》ひの今日《こんにち》に於《おい》て、そは余《あま》りに公明《こうめい》に失《しつ》したるものにあらずや
      ○
銀座の大通《おほどう》りに空家《あきや》を見るは、帝都《ていと》の体面《たいめん》に関すと被説候人有之候《とかれそろひとこれありそ
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