昔語り頸筋元《くびすじもと》からじわと真に受けお前には大事の色がと言えばござりますともござりますともこればかりでも青と黄と褐《ちゃ》と淡紅色《ももいろ》と襦袢《じゅばん》の袖突きつけられおのれがと俊雄が思いきって引き寄せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳みかけてぬしからそもじへ口移しの酒が媒妁《なかだち》それなりけりの寝乱れ髪を口さがないが習いの土地なれば小春はお染の母を学んで風呂のあがり場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽の胸《むな》づくし鐘にござる数々の怨《うら》みを特に前髪に命じて俊雄の両の膝《ひざ》へ敲《たた》きつけお前は野々宮のと勝手馴れぬ俊雄の狼狽《うろた》えるを、知らぬ知らぬ知りませぬ憂《う》い嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天様《まりしてんさま》聖天様《しょうでんさま》不動様妙見様|日珠様《にっしゅさま》も御存じの今となってやみやみ男を取られてはどう面目が立つか立たぬか性悪者《しょうわるもの》めと罵《ののし》られ、思えばこの味わいが恋の誠と俊雄は精一杯小春をなだめ唐琴屋《からことや》二代の嫡孫色男の免許状をみずから拝受ししばらくお夏への足をぬきしが波心楼《はしんろう》の大一坐に小春お夏が婦多川《ふたがわ》の昔を今に、どうやら話せる幕があったと聞きそれもならぬとまた福よしへまぐれ込みお夏を呼べばお夏はお夏名誉|賞牌《しょうはい》をどちらへとも落しかねるを小春が見るからまたかと泣いてかかるにもうふッつりと浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気《いやき》というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視《み》ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり
脆《もろ》いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除《の》けて他に求むべき道はござらねど権力腕力は拙《つたな》い極度、成るが早いは金力と申す条まず積ってもごろうじろわれ金をもって自由を買えば彼また金をもって自由を買いたいは理の当然されば男傾城《おとこけいせい》と申すもござるなり見渡すところ知力の世界|畢竟《ひっきょう》ごまかしはそれの増長したるなれば上手にも下手にも出所《しゅっしょ》はあるべしおれが遊ぶのだと思うはまだまだ金を愛《お》しむ土臭い料見あれを遊ばせてやるのだと心得れば好かれぬまでも嫌《きら》われるはずはござらぬこれすなわち女受けの秘訣《ひけつ》色師《いろし》たる者の具備すべき必要条件法制局の裁決に徴して明らかでござるとどこで聞いたか氏《うじ》も分らぬ色道じまんを俊雄は心底《しんそこ》歎服《たんぷく》し満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題《みだし》を極め込んだれど実もってかの古大通《こだいつう》の説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者《しびと》の首を斬るよりも易しと鯤《こん》、鵬《ぼう》となる大願発起痴話|熱燗《あつかん》に骨も肉も爛《ただ》れたる俊雄は相手待つ間歌川の二階からふと瞰下《みおろ》した隣の桟橋《さんばし》に歳十八ばかりの細《ほっ》そりとしたるが矢飛白《やがすり》の袖夕風に吹き靡《なび》かすを認めあれはと問えば今が若手の売出し秋子とあるをさりげなく肚《はら》にたたみすぐその翌晩月の出際《でぎわ》に隅《すみ》の武蔵野《むさしの》から名も因縁づくの秋子をまねけば小春もよしお夏もよし秋子も同じくよしあしの何はともあれおちかづきと気取って見せた盃《さかずき》が毒の器たんとはいけぬ俊雄なればよいお色やと言わるるを取附きの浮世噺《うきよばなし》初の座敷はお互いの寸尺知れねば要害|厳《きび》しく、得て気の屈《つま》るものと俊雄は切り上げて帰りしがそれから後は武蔵野へ入り浸り深草ぬしこのかたの恋のお百度秋子秋子と引きつけ引き寄せここらならばと遠くお台所より伺えば御用はないとすげなく振り放しはされぬものの其角《きかく》曰《いわ》くまがれるを曲げてまがらぬ柳に受けるもやや古《ふる》なれどどうも言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたる虎《とら》の子をぽつりぽつり背負《しょ》って出て皆この真葛原下《まくずはらした》這《は》いありくのら猫の児へ割歩《わりぶ》を打ち大方出来たらしい噂《うわさ》の土地に立ったを小春お夏が早々と聞き込み不断は若女形《わかおんながた》で行く不破《ふわ》名古屋も這般《このはん》のことたる国家問題に属すと異議なく連合策が行われ党派の色分けを言えば小春は赤お夏は萌黄《もえぎ》の天鵞絨《びろうど》を鼻緒にしたる下駄《げた》の音荒々しく俊雄秋子が妻も籠《こも》れりわれも籠れる武蔵野へ一度にどっと示威運動の吶声《ときのこえ
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