《むしく》いがいよいよ別れの催促客となるとも色となるなとは今の誡《いまし》めわが讐敵《あだ》にもさせまじきはこのことと俊雄ようやく夢|覚《さ》めて父へ詫《わ》び入り元のわが家へ立ち帰れば喜びこそすれ気振《けぶ》りにもうらまぬ母の慈愛厚く門際《もんぎわ》に寝ていたまぐれ犬までが尾をふるに俊雄はひたすら疇昔《きのう》を悔いて出入《ではい》りに世話をやかせぬ神妙《しんびょう》さは遊ばぬ前日《ぜん》に三倍し雨晨月夕《うしんげっせき》さすが思い出すことのありしかど末のためと目をつぶりて折節橋の上で聞くさわぎ唄も易水《えきすい》寒《さぶ》しと通りぬけるに冬吉は口惜《くや》しがりしがかの歌沢に申さらく蝉《せみ》と螢《ほたる》を秤《はかり》にかけて鳴いて別りょか焦れて退《の》きょかああわれこれをいかんせん昔おもえば見ず知らずとこれもまた寝心わるく諦《あきら》めていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めて肝《きも》のなかから探り出《いだ》しぬ
 観ずれば松の嵐《あらし》も続いては吹かず息を入れてからが凄《すさ》まじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光《くらし》たるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよし往《い》なんとぞ思う俊雄は馬に鞭《むち》御同道|仕《つかま》つると臨時総会の下相談からまた狂い出し名を変え風俗を変えて元の土地へ入り込み黒七子《くろななこ》の長羽織に如真形《じょしんがた》の銀煙管《ぎんぎせる》いっそ悪党を売物と毛遂《もうすい》が嚢《ふくろ》の錐《きり》ずっと突っ込んでこなし廻るをわれから悪党と名告《なの》る悪党もあるまいと俊雄がどこか俤《おもかげ》に残る温和《おとなし》振りへ目をつけてうかと口車へ腰をかけたは解けやすい雪江という二十一二の肌白《はだじろ》村様と聞かば遠慮もすべきに今までかけちごうて逢わざりければ俊雄をそれとは思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお霜は承知と呑み込んで俊雄の耳へあのね尽しの電話の呼鈴《よびりん》聞えませぬかと被《かぶ》せかけるを落魄《おちぶ》れても白い物を顔へは塗りませぬとポンと突き退け二の矢を継がんとするお霜を尻目《しりめ》にかけて俊雄はそこを立ち出で供待ちに欠伸《あくび》にもまた節奏ありと研究中の金太を先へ帰らせおのれは顔を知ら
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