はままになるが冬吉は面白く今夜はわたしが奢《おご》りますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び、出が道明《どうみょう》ゆえ厭かは知らねど類のないのを着て下されとの心中立《しんじゅうだ》てこの冬吉に似た冬吉がよそにも出来まいものでもないと新道《しんみち》一面に気を廻し二日三日と音信《おとずれ》の絶えてない折々は河岸《かし》の内儀へお頼みでござりますと月始めに魚一|尾《ひき》がそれとなく報酬の花鳥使《かちょうし》まいらせ候《そろ》の韻を蹈《ふ》んできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習《さらい》かけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの耳元へ旦那のお来臨《いで》と二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちしながら明日《あした》と詞|約《つが》えて裏口から逃しやッたる跡の気のもめ方もしや以前の歌川へ火が附きはすまいかと心配ありげに撲《はた》いた吸殻、落ちかけて落ちぬを何の呪《まじな》いかあわてて煙草を丸め込みその火でまた吸いつけて長く吹くを傍らにおわします弗函《どるばこ》の代表者顔へ紙幣《さつ》貼《は》った旦那殿はこれを癪気《しゃくき》と見て紙に包《くる》んで帰り際に残しおかれた涎《よだれ》の結晶ありがたくもないとすぐから取って俊雄の歓迎費俊雄は十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮《ともうか》れ四十八の所分《しょわけ》も授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙のいじらしいをなお暁に間のある俊雄はうるさいと家を駈《か》け出し当分冬吉のもとへ御免|候《さぶら》え会社へも欠勤がちなり
 絵にかける女を見ていたずらに心を動かすがごとしという遍昭《へんじょう》が歌の生れ変り肱《ひじ》を落書きの墨の痕《あと》淋漓《りんり》たる十露盤《そろばん》に突いて湯銭を貸本にかすり春水翁《しゅんすいおう》を地下に瞑《めい》せしむるのてあいは二言目には女で食うといえど女で食うは禽語楼《きんごろう》のいわゆる実母散《じつぼさん》と清婦湯《せいふとう》他は一度女に食われて後のことなり俊雄は冬吉の家へ転《ころ》げ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に起きるからすぐの味を占め紳士と言わるる父の名もあるべき者が三筋に宝結びの荒き竪縞《たてしま》の温袍《どてら》を纏《まと》い幅員わずか二万四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江戸の伯母御《おばご》を京で尋ね
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